【07-3】サント・ボームのマグダラのマリア(3) - 神秘の洞窟 -

サント・ボームのマグダラのマリア(3) - 神秘の洞窟 -


サント・ボームのマグダラのマリア(2) - ケルトの聖なる森 - からの続き)

2010年7月13日
La Sainte-Baume サント・ボーム山に登る。
St-Maximin の教会を見学し、Gémenosジェムノのホテルへ。


サント・ボーム山は魔法の山。
聖なる森、神秘の洞窟、光へつづく道・・・。

わたしたちは、ケルトの深い森を、
さらに静寂の中へと、歩みを進めてゆきました。

森の緑のアーケードを抜けて、
視界が広がった先に小さな礼拝塔がありました。
エレガントなルネッサンス様式の礼拝塔は、
フランス王、フランソワ1世から贈られたもの。
11個あった礼拝搭はフランス革命時に破壊され、
現在は4個しか残っていません。


灯籠
Le 13 Juillet 2010* La Sainte-Baume*Photos by RESONANCE


礼拝搭を過ぎて、ごろごろと岩がむき出しの急斜面を登ってゆくと、
二股に分かれる道が見えてきました。
まっすぐ進むとマグダラのマリアの洞窟があり、
急斜面を左に登ると、礼拝堂がある聖域、山頂へ到達します。

目印になっている聖域の看板を左手に見ながら、まずは洞窟へと向かいました。

洞窟への道は、途中から階段になっています。
階段は150段あり、伝説によるとその数はダビデの詩編の数、
また、ロザリオの数珠の数にちなんで作られたのではないかと云わます。

それにしても、この階段は岩を刻んで作られたそうですから、
ダビデの詩編を読むように、ロザリオの祈りを唱えるようにして、
石工たちは、一段一段 祈りを込めて刻んでいったのかもしれません。



階段2


階段を登ってゆくと、どれだけ高いところにいるのかドッキリします。
左側は岩壁、右側は断崖です。
低い手すりはあるものの、転げ落ちたら大変です!

写真の緑の色が濃い部分は、サントボーム山の影の部分です。
この深緑の影が、ずーっと地上まで伸びていて、
サントボーム山が、垂直にそそり立つ山であることがわかります。


階段からの眺め


眼下に修道院の宿を見つけました。
広場の中の白い一本道が、わたしたちが来た道。
ずいぶんと深い森を分け入って、登ってきたことがわかります。


眼下の修道院2


150段の階段を登りきったところに、洞窟へのエントランスがありました。
エントランスをくぐると、キリストの磔刑シーンの石像があったのですが、
写真を撮りませんでした。


洞窟入口


エントランスから数段の階段を登ると、テラスになっています。
ここからの景色は絶景です。
ピエタの石像があったのですが、それも写真に残しませんでした。
(十字架から降ろされ、聖母マリアの膝に抱きかかえられるキリストの像)

テラスの左手に、小さな建物がありました。
BOUTIQUE ブティック と看板がかかっていて、メダイやキャンドル、
このあたりのハーブを抽出したエッセンシャルオイルなどを販売していました。


ブティック


テラスの右手は、司祭館でしょうか?
修道士たちが出入りしていました。


IMG_1139L.jpg


そして、中央にマグダラのマリアの洞窟があります。
洞窟の穴をふさぐような形でエントランスが作られていました。

かつては、もっと繊細なレリーフが彫られている門だったのですが、
現在はドミニコ修道院の館に移されました。
その館の宿坊に泊まったわたしたちは、幸運にもその美しい門を見ることができました。



IMG_1144L.jpg



洞窟の中に入ると ひんやりします。
祭壇があって、ドイツから来た巡礼の一行がミサを挙げていました。

洞窟に反響する司祭の声がほど良いエコー音となって、
わたしの脳にも音が浸透してゆくようでした。

音って、すごいです。
ここで歌われていた聖歌を今も覚えているくらいです。



ミサ



こだまする司祭の声と、美しい歌声に包まれながら
洞窟のもっと深みへと。

岩の裂け目から、キャンドルの炎で照らし出された像が見えました。
ようやくあたりを見渡すことができるくらいの灯り。

急な石段を地下へ降りてゆくと、”泣く”マグダラのマリア像があります。
キリストを失った悲しみ、苦しみでしょうか。

”Pleurer comme Madeleine ” プリュレ コム マドレーヌ
大泣きすることを、”マドレーヌ(マグダラ)のように泣く” 
というフランスのことわざがあるくらいですから、
”泣く”ことは、マグダラのマリアの象徴なのでしょう。

この像を前にすると、マグダラのマリアの涙は、
大切なもの、大切な人を喪失してしまった全ての人たちを代表して
泣いているのだ、という感覚が沸いてきました。

喪失感を抱えているすべての人への鎮魂の涙。



地下



マグダラのマリアは、ここで祈りと瞑想のため隠遁したといわれます。

プロヴァンス地方の伝承によると、マグダラのマリアは、
キリスト磔刑後、キリスト教に対する迫害から逃れるために、
一層の小舟に乗って南フランスに辿りつきました。

兄(弟?)のラザロ、信徒のサン・マキシマンと共にマルセイユまで流れ歩き、
福音を説き、キリストの本当の教えを伝え歩いたといいます。

よく絵画の題材で、罪の女、娼婦として描かれるマグダラのマリアとは、
全く異なったプロフィールです。

聖書にも、キリストの説教を聞くまでは乱れた生活を送る罪の女で、
キリストによって改悛したと描かれています。

ほんとうに ”罪の女”だったのでしょうか?



薔薇



8世紀に渡り、この洞窟で40人の王、15人の教皇が即位しました。
アン・ド・ブルターニュ、フランソワ1世、ルイ13世、アン・ド・オートリッシュ、
マザラン、ルイ14世。皆この地を訪れたという形跡を残しています。

フランス王家とマグダラのマリアの繋がりは何なのでしょう?
”フランスの母”というプロフィールも、また、マグダラのマリアの一面です。

”フランスの母”、福音を説く”伝道師”が真のマリアの姿なら、
いつから”罪の女”を着せられ、何によって真実の姿が歪められたのでしょう?

何が真実なのかは、
キリストの磔刑そのものから、本当には誰も知らないのかもしれないし、
また、知る必要もないのかもしれません。



洞窟ステンドグラス



洞窟を後にして、わたしたちは
サントボームの山頂を目指して登りました。

何が真実なのか?

山頂に登りきった時、
驚くべきことにわたしは

マグダラのマリアの声を
聞いたのです。


何が真実なのか。





* ~ * Chaptre 7 Continuer 続く * ~*

テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.11.15 | マリア巡礼

«  | ホーム |  »

プロフィール

mariaikuko

Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR