サント・ボームのマグダラのマリア(1) - 宿 -

サントボーム150817


サント・ボームのマグダラのマリア(1)-宿-

(マルセイユ- ラ・ギャルド大聖堂の守護のマリア からの続き)



2010年7月12日
マルセイユ駅12時23分発Aubagne オバーニュ行き普通電車に乗り、
バスでSt-Maximin サン・マキシマンへ行き、サン・マキシマン教会を見学してから
Ste-Baumeサント・ボーム山麓の宿へ向かう予定。

11時半!
マルセイユ駅に着いているはずの時間に、まだ丘の頂上に居るわたしたち!
長居し過ぎたノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂から慌ててバスに乗りました。

しかし行先も見ずに乗ったバスは、どうやらマルセイユ駅には行かない。
どこかで降りなければ・・。
わたしたちがわかる街の景色は旧港界隈だけ。
見知らぬ街角で降りたところで、フランスは流しのタクシーはない。
予定通り目的地へ行けるだろうか?

だんだん不安になってきた私の頭に、またあの声が響いてきました。
ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂での空耳。


       あなたは見るべきものを見る。
       行くのではなく、導かれる。


あぁ、そうだった。
行くのではなく、導かれる。

どのみち、どうにかなるのだ。
頭の半分は、運を天に任せて大らかになる感じ。
頭のもう半分は、外の景色に目を凝らし、降りるチャンスを見計らう。

ラッキーにも旧港界隈に停車する。
そこから地下鉄に乗ろう。

マルセイユ駅に無事戻り、駅裏ホテルに預けていた荷物をピックアップ。
この時、12時ちょうど。
あと23分!

飛ぶように駅へ。
フランスの鉄道は、発車ホームがよく変わる。
素早く発車ホームを確認し、プラットホームへ。
日本のように発車ベルは鳴らない。
12時23分発オバーニュ行きは、まさに動き出す寸前、エイッと、
飛び乗りました!

人は、土壇場になると、超人的身体能力が発揮されるものです。
まるで映画みたいな瞬間でした。



駅2
Le 12 Juillet 2010* Pour la Sainte-Bame* Photos by RESONANCE



マルセイユ駅で買う予定だったお水もなく、 喉の渇きに耐え、
消耗した体力を持ちこたえつつ、 クーラーもない電車に揺られてゆきました。
それでも、プロヴァンスの美しい景色が心を潤してくれました。

いくつかの愛らしい田舎の駅を通過して、オバーニュに到着。

すぐにインフォメーションセンターへ行き、バスの時刻表をもらいました。
どうやら目的地のサン・マキシマンには、St-Zacharie サン・ザカリーで乗り換える模様。

50分くらい待ち時間があるので、ランチにしたいところ。
ところが、オバーニュの駅前は何もない。カフェも自動販売機さえない。
スーパーを探して放浪。喉の渇きも限界に達した頃、小さなスーパーを発見。
ようやくジャンボンバゲット(ハムサンド)とお水のランチにありつけました。

13時30分 オバーニュ 発、サン・ザカリー中心街行きは、無料バスでした。
とてもきれいで窓も大きく、景色が良く眺められました。
石灰岩の岩が迫る山道を走ると、あぁ、プロヴァンスに来たんだ!と、
それはもう、遠足気分でウキウキでした。



サンザカリーへの道



お腹も満ち、気持ちにゆとりもできたので、本を開いてみました。
ラ・ギャルド大聖堂の本屋さんで、魔法使いのような瞬間技で手に入れた本です。

その本には、マグダラのマリアの道行が書かれていました。

イスラエルの聖地から、一艘の小舟でフランスに漂着したのは、
サント・マリー・ド・ラ・メールというカマルグの湿原地帯の町。
マルセイユに宣教に出て、サント・ボーム山の洞窟に隠遁。
亡骸はサン・マキシマン教会に。

マルセイユで偶然訪れた、あのサン・ヴィクトール修道院について書かれていました。
”地下礼拝堂には、マルセイユに着いた聖ラザロとマグダラのマリアが祀られている”
知らなかった!やはり行くべき場所だったのだ。
あの迫力のある黒マリアは、マグダラのマリアとして崇められたのだろうか?

漂着の町、サント・マリー・ド・ラ・メールのことは知っていました。
今回の旅も、何度も行こうか、どうしようかと迷ったあげく、旅程の都合でやめたのでした。

マグダラのマリアの道行が、最後がサン・マキシマンならば、わたしたちもそうしよう。
今日のところはサン・マキシマンに行かず、まっすぐサント・ボームの宿に行こう。
サント・ボームの洞窟に参らずして、終焉の教会に行くわけにはいかない。

予定を変えて、サン・ザカリーの町でバスを降りました。



サンザカリー2



14時02分 サン・ザカリー下車。30分のバスの旅は快適でした。
中心街というのに、人影はまったくありませんでした。
観光案内所を探して、閉まっていたドアのチャイムをしつこく鳴らしました。
何事だ?中からぬっと出てきたのは、強面のおじさん。
タクシーを一台、と、こわごわお願いすると、ココを見ろ! 
おじさんの指の先の看板は、POLICE と書かれていました。
案内所はその隣でした・・。

案内所も閉まっていたので、気の毒に思ったか、おじさんはタクシーを呼んでくれました。
待つこと一時間。遅いのでは?と言うと、町で一台だけだからね、と。

マルセイユの隣町に実家がある友人が、電車旅なんて信じられないよ。
観光タクシーとか紹介するし、マルセイユの伯父さんに聞いて車を出してあげるよ。
そう言ってくれた友人の言葉が、ここでも身に染みました。

休憩から戻った案内所の若い女性が、中に入って、と親切にしてくれました。
優しい笑顔の女性は、勤務していた会社の後輩にソックリでした。
ついでにやって来た気のいいタクシードライバーの青年も、同僚にソックリ!
思えば、いつもこの二人に助けてもらったなぁ。
フランス版ソックリさんを通して、遠く離れた異国からお二人に感謝しました。



サントボームの山を



着いた!ついに来た!
サント・ボーム山が見えた時、感動で飛び上がりそうでした。

人なつっこい同僚似のドライバーは、山道の木々の名前を教えてくれて、
この町の自然や暮らしをほんとうに愛してるようでした。
降りそそぐ光、可憐な花々が咲きみだれる道中は、まるで天国のようでした。



オテリエ


この山の麓にある修道院が、今日の宿。

修道院の宿舎は、登山口にあります。
サント・ボームに登るには、とても好都合な立地です。
けれど、基本はキリスト教信者のための宿ですから、普通のホテルとは違います。
今は変わったかもしれませんが、日本からの予約もスムーズではありませんでした。

受付係も修道士さんでした。
宿泊の規律は厳しく、祈りの時間、食事の時間と決まっていました。
奥から威厳のある修道士さんが出てきて、
貴方たちはどこの教区か?(キリスト教の多岐に分かれている宗派)と尋問、いえ、
尋ねられ、マグダラのマリアに会いに来たと伝えると、へえ、という風でした。

穏やかな口調と冷ややかな目。
そう感じたわたし。
宗教裁判で異端尋問に遭った過去世でもあるのかもしれません。

修道士さんから見ると、宗教心もないマグダラ ファン、といったところでしょうか。
そのお気持ちも良くわかります。
もし、わたしが逆の立場だったとしても、どんな理由であれ、
ここに導かれて来た人たちに聖域を尊重してもらいたいと思うでしょう。

宿坊に入ると、マグダラ ファンに喜ばれそうなプレゼンテーションが立派でした。
マグダラのマリア像の横には、アトリビュートの薔薇の造花が飾られ、
マグダラのマリアのストーリーが書かれたパネルが、何枚も壁に貼られていました。



オテリエ内



決められた時間に食堂に行くと、一斉に祈りを捧げてから宿泊者全員で夕食を取りました。
本当に修道院に来ている実感がありました。
東洋人はわたしたち二人だけ。他はフランス各地の同じ宗派のグループでした。
テーブルに隣り合わせた人々は、とても意地悪でした。
普通に話しかけようとも、無視されました。
なぜ貴方たちみたいな東洋人が居るのかしら?

わたしの被害者意識が、何倍にもそう感じさせたのかも知れません。
たまたま出くわした状況なのかもしれませんが、
3年間住んでいたパリでも、こんな人たちに会ったことはありません。

残念でした。
わたしも自分の意志ではないにせよ、生まれてすぐに洗礼を受けた同じ信者です。
信者かどうかより、それ以前の問題です。
肌の色や宗派で判断する? 自分たちが一番正統とでも?
悔しさや悲しさなんて感じません。
ただただ、残念でした。


        あなたは見るべきものを見る。
        行くのではなく、導かれる。


あの意味。

食堂に居た人たちも、わたしに何かを見せたのかもしれない。
心優しいフランス版の同僚たちも、何かの象徴なのかもしれない。
そういえば旅を始めてからずっと、天国と地獄を交互に味わっている。

わたしたちは何かを試されてる?
いったい何を試されているのだろう?



窓



私の心は、意外にも静かでした。

広々とした簡素な部屋は、とても清潔でした。
蛇口と洗面ボールだけの洗面台がついていて、
籐の椅子とテーブル、簡易なタンス、小さなシングルベットが3台ありました。

荷物をほどき、部屋着に着替え、
1m四方もないくらいの共同シャワー室で沐浴しました。
シャワーホースのない、壁に据え付けのシャワー口からお湯が落ちてくる形式です。
質素なシャワーであれ、汗汚れを水で流せるのはありがたい。
清貧の僧侶、そんな感じがしてきました。

人生の余分な何かをそぎ落とすには、素晴らしい環境でした。
そのためのリトリート(精神修養)として、修道院の宿舎はあるのですから。



部屋からの眺め1



部屋の窓から、サント・ボームの山並みが見えました。
眺めていると心が澄んできます。

岸壁のような山の中腹にマグダラのマリアの洞窟があり、
頂上には、マリアの礼拝堂があります。
すそ野はケルト時代からの原生樹林で覆われ、
いったいどうやって登るのだろう?

いよいよ明日、あの山に登る。
ずっとずっと憧れ続けた聖なる山、サント・ボーム。
マグダラのマリアさまに会いに行く。

白く美しいサント・ボームに、オレンジ色の夕陽があたりはじめました。



部屋からの眺め2



母は熱心なキリスト教者でした。
子供の頃は辛かったと、ここに来ていろいろ思い出しました。
マリアさまは好きだけれど、母からお祈りを強要されるのも、
神様はきっといると信じるけれど、教会に行くのを強制されるのは嫌でした。

今思うと、教会に行くことが嫌なのではなく、強制されることや
母との関係によるものかも知れません。

遠く、サントボーム山頂のマグダラのマリア礼拝堂が、かすかに見えました。

わたしの心の奥から、静かで小さな声がしました。


      信仰って、何だろう?


翌朝登ったサント・ボームの山頂で、
人生で忘れられない言葉がわたしの胸に刻まれました。





* ~ * Chaptre 7 Continuer 続く * ~*


テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.29 | マリア巡礼

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プロフィール

mariaikuko

Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

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