【06-3】マルセイユ - サン・ビクトール修道院の黒マリア

マルセイユ - サン・ヴィクトール修道院の黒マリア

( マルセイユへ(2)- 旅路- からの続き)


2010年7月12日
マルセイユ駅12時23分発のAubaneオバーニュ行き普通電車に乗り、その後、
地元のバスに乗って、サント・ボームの麓、St-Maximinサン・マキシマンまで行きます。

当初は、マルセイユからバスでの楽チンな旅の予定でした。
大幅に予定が変更されたため、マルセイユで半日時間が空いてしまいました。
以前も来たことがあるし、そんなに興味もないし、どうしようか?

そして、予期せぬことが起こりました。
わたしは、ホテルのフロントにあった観光ガイドに目が釘付けになりました。

えっ?マルセイユにも黒マリアがいるの?
Abbaye St-Victor サン・ヴィクトール修道院というところでした。

駅には11時30分ころに戻れば大丈夫。
ホテルに荷物を預け、Vieux-Port 旧港駅まで地下鉄に乗って行くことに。
昨日バス停探しに地下鉄に乗ったおかげで、路線図が頭に入っていました。



ヴィクトワル修道院
Le 12 Juillet 2010*Abbaye St-Victoir* Photos by RESONANCE



港の坂道を登るとサン・ヴィクトール修道院がありました。

要塞化した修道院は、3世紀の殉教者、聖ヴィクトールの墓地の上に
東方からやって来た聖者ジャン・カシアンによって、5世紀に建てられたもの。
フランス最古の修道院といわれています。

そしてそのまた上、サン・ヴィクトール修道院の上に、13世紀に建てられた聖堂があります。
何世紀にも渡り改築や修復を繰り返してきた、マルセイユでも最古の宗教建築です。
現在も発掘調査と修復が続けられているそうです。

黒マリア信仰は、11世紀になって盛んになり、崇められました。
聖堂のCrypte クリプト(地下礼拝堂)に、Notre-Dame de Confession
ノートル-ダム・ド・コンフェッション(懺悔の聖母)と呼ばれる
黒い聖母子像があります。



教会入口


聖堂入口の聖母子像がわたしたちを出迎えてくれました。

ロカマドールの黒マリアさまと、フォルムが同じです。
木製で、全長70cm くらい。
黒い肌、正面を向いて玉座にすわり、まっすぐ見開いている目。
膝に座る幼子イエスの顔は、決まって大人びています。

入口の聖母子像は、おそらく時代の新しいものでしょう。


教会のマリア様


古くから崇められている黒い聖母子像は地下に居ます。 
売店にいたマダムにクリプトの場所を聞き、番頭さんのようなムッシュウに
鍵のかかった古い扉を開けてもらいました。

普段は鍵がかけられており、見学を申し出なければ見ることはできません。
帰りの時間が気になって、扉の上の時計を見ると17時過ぎで止っていました。
いつから時が止っているのだろう?

わたしたちが中に入ると、ギィィィ~パタン、と
扉が閉まる音を背中で聞きました。
ちょっと怖い・・・。


売店


地下に続く階段を降りていきました。
ひんやりとした冷気。
地下は照明が少なく、真っ暗でした。
闇に眼をこらしてようやくあたりが見え、最初はこわごわでした。
なにせ、聖堂の下に修道院、修道院の下は墓地です。。。
見学者も、わたしたち二人だけです。


地下階段


階段を降りるとすぐ、礼拝堂らしき椅子が並んでいるのが
うすぼんやりと見えてきました。

椅子の最前列の先に、聖母子像を見つけました。
真正面に鎮座するのではなく、左側の壁に掛けられていました。


黒マリア1


この黒い聖母子像に、あまり近づけなかったのを覚えています。
正直、迫力を感じて少し怖かったのです。
直視するのも はばかれる気配がありました。

このマリアさまは、確かに地下にいる。
この場所が冥界にも思えて、早く立ち去りたい気分でした。

祈るでもなく像の前に立ちすくんでいました。
すると・・・
    
        死者のために祈りなさい。

声が聞こえました。

ロカマドールの黒マリアさまや、モワサックの杉の木と同じように、
あの空耳です。

サン・ヴィクトール修道院の、この迫力ある黒い聖母子像を前に、
空耳の真実を突きとめたり、疑ったりはどうでも良いことでした。
事実、わたしたちは家族を亡くしたばかり。
だから、このマリア巡礼の旅に出たのですから・・・。
わたしたちは他界した家族と、すべての死者のために祈りました。


地下入口1


いつのまにか入って来ていた男女ふたりの話し声がして、
祈りを終えて、上の聖堂へと戻りました。


扉


聖堂を出ると、真っ白な光が目を刺すようでした。
冥界から地上へ這い出たような気分です。
光がなんてありがたい。

目の前の広場からは古い町並みと港が見えて、なんだかほっとしました。
あの港から古代ギリシャ人が来たのかな?


外1


マルセイユの歴史は古く、紀元前600年頃、ギリシャ系のフォカイヤ人が
新天地を求めて海路マルセイユに到着し、マルセイユを建都したそうです。
地中海有数の港になった、Massaliaマッサリア と呼ばれていた時代です。

ギリシャには女神信仰があり、キュベレやアルテミス像を持って旅したといわれます。
明らかに異国の香りを放つサン・ヴィクトール修道院の黒い聖母像の前身は、
こういった女神たちだったのかも知れません。


パノー2


ロカマドールの黒マリアと、サント・ボームのマグダラのマリアに会いたい思いだけで、
そのほかは、ろくな情報も集めずに旅に出ました。
ほとんどのことは、旅の後から知ったことばかりですが、
旅から戻って5年後、巡礼記を書いている今、強く思うのです。

サン・ビクトールの黒い聖母像を見ずして、
マグダラのマリアのことを本当に知ることはなかっただろう、と。

それは知識ではなく、あの地下礼拝堂にあった空気。
子宮という闇から生み出される前のような、
そして地下に葬られた後の、あの暗闇を包んでいた空気。

生み出し、安らかな永遠の眠りを祈る黒い母。
サン・ヴィクトールの黒い聖母像は、母なるものの元型をとどめているようでした。

予期せず出会えた 未知の黒い聖母子像。
偶然の導きに感謝しました。


外2


港の坂道は旅情を誘います。

坂の上を眺めると、あの懐かしのノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂が見えました。


坂道


「詣でよう!」と、夫が言いました。
マルセイユに再び来れたことに感謝して、御礼詣りに行こうと。
時間を気にしつつも、行くことにしました。

目の前に現れたものは導き。
モワサックの天使青年の時のように、ラッキーに違いありません。

わたしたちは信頼の翼を広げ、ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルドへと、
急な坂道を飛んでゆきました。




* ~ * Chaptre 6 Continuer 続く * ~*













テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.20 | マリア巡礼

«  | ホーム |  »

プロフィール

mariaikuko

Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR