【08-1】サン・マクシマンへ

サントマクシマン150817


サン・マクシマンへ

Chapter:7 サント・ボームのマグダラのマリア(4) -山頂 のマグダラ礼拝堂 からの続き


【旅程】 2010年7月13日
La Sainte-Baume サント・ボーム山に登山のあと、St-Maximin サン・マクシマンへ移動


山頂のマグダラのマリア礼拝堂でマリアに会い、マリアの声を聞き
すっかり満たされたわたしたち。
朝食も昼食も採ってなかったのに、お腹もまったく空いておらず、
採った食事は ”胸いっぱいの喜び” でした。

この山にまたいつか帰ってくることを誓い、山を下りました。
下山のすがすがしさはまた格別でした。



サントボーム下山
Le 13 juillet 2010 Pour aller à St-Maximin Photos by RESONANCE


プロヴァンスの真夏の光、ちょうど正午の真昼の光は、
サント・ボームの白い山を青く染めていました。
振り返ってみると、そびえ立つ山も緑の森も
夏の日差しに溶け合って、そこには光だけが存在するようでした。



サントボーム下山2


山から降りて、登山道の入り口に帰ってきたところで
「Bonjour! ボンジュール!」 と小さな女の子の声。
フランス人の親子が、すれ違いざまに挨拶をしてくれました。

わたしも「Bonjour!こんにちは!」 と挨拶を交し、すれ違うと
とっても優しいものが、わたしたちを通り抜けてゆくようでした。

ふと振り返り、写真を撮りました。
シャッターを切った後、不思議なことに、
すぐにこの親子の姿は消えてしまいました。

深い森に吸い込まれていったのでしょうか?
幻覚?
真夏の白昼夢?



天使


3人の親子は、まるで光の天使のようでした。
山頂でわたしたちが体験したことを、
「良かったね!」と、
お祝いしに来てくれたのかもしれません。



ピザテラス



下界に下りてきた〜。
麓の広場まで戻るとそんな気持ちになりました。
駐車場の横には、サント・ボーム唯一のカフェテリアがあります。

正午。荷物を預けていた宿坊に戻る時間です。
チェックアウトを済ませ、朝予約しておいたタクシーを待ちました。
ところが、待てど暮らせどタクシーは来ない・・。
電話してみたが繋がらない。電波状況が悪いためだ・・・。
何度かトライして、ようやく繋がった。

「マダム、あなたにずっと・・・」
と、タクシー会社の女性が出た。
プチっと切れる。
また電話する。

「マダム、あなたに電話していたけれど繋がらなかった。」
プチッと切れる。
また電話する。

「マダム、今日タクシーは予約の時間より遅れることを伝えたかったのですが・・」と。
わたしは、え〜い、言い訳がましいことはイイからッ!
「何時でもいいから来てくださいッ!」 と言い返しました。
プチプチ途切れる電波の波間を縫って、ようやく予約し直しました。
予定の時間より1時間遅れてタクシーに来てもらうことに。

ふう~。
やはり友人たちが言う通り、車をチャーターしておくべきだった。
今回の旅、天国と地獄、神聖な夢心地と過酷な現実を
交互に味わう旅のようです・・。

気を取り直してお昼ご飯でも食べようと、カフェテリアでピザを注文しました。
が、そのとたん、あろうことかタクシーが来てしまいました!

「えっ?早いんじゃない? 1時間後って言ったでしょ?」
そんなわたしの驚きなんか、まるで無視。
むむっ。感じ悪い・・。
しかし、これを逃しては足がない・・・。
ピザを泣く泣くキャンセルして、タクシーに乗り込みました。

お世話になった宿坊を後に、わたしたちは
マグダラのマリアの亡骸が眠るという教会に行くために
サン・マクシマンの町へと向かいました。



オステルリー



フランスのタクシー旅はクジみたいです。
吉と出るか凶と出るか?ドライバー次第。
終始無言の手荒な運転。今回は凶だな〜。
山道なんだからスピード出し過ぎないでくださいよぉ。
狭い山道のカーブで、対向車とギリギリですれ違う。
きゃ〜。
その時、「Bonjour! やあ!」 と男の声。

見ると、対向車のドライバーはあの青年でした!
サン・ザカリーの町で、サントボームまで運んでくれた
あの同僚似の笑顔がまぶしい気の良いドライバーです。

「サント・ボームの滞在はどうだった?」と、尋ねるような優しい目で、
わたしたちに手を振りながら去ってゆきました。
わたしたちも手を振り、サヨナラと言いました。

サント・ボーム、行き道のタクシー旅は、大吉だったのを思い出しました。
サン・ザカリーからタクシーでサントボームの宿坊へ。

修道院の宿坊で出会った人々。
ケルトの深い森。
サント・ボーム山のマグダラのマリアの洞窟。
山頂の礼拝堂。

たった1泊だけの
極めて質素なサント・ボーム滞在でしたが、
一生分の満ち足りた喜びがありました。




chemin.jpg


ありがとう、サントボーム!
さよなら、サントボーム!

美しくも切ない別れは、新たな珍道中の始まり。

これから行くサン・マクシマンの町。
そこではどんな運命が待ち受けているのでしょう?




* ~ * Chaptre 8 Continuer 続く * ~*








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2016.03.23 | マリア巡礼

【07-4】サント・ボームのマグダラのマリア(4) -山頂 のマグダラ礼拝堂 -

サント・ボームのマグダラのマリア(4) -山頂 のマグダラ礼拝堂 -


サント・ボームのマグダラのマリア(3) - 神秘の洞窟 - からの続き)

2010年7月13日
La Sainte-Baume サント・ボーム山に登る。
St-Maximin の教会を見学し、Gémenosジェムノのホテルへ。



マグダラのマリアの洞窟を後にして、わたしたちは
サントボームの山頂、サン・ピロンを目指して登りました。

洞窟からもと来た道へ、礼拝搭のある三叉路まで戻り、
礼拝搭の右手の急な坂道を登ります。
その坂道にはサン・ピロンへの案内版があるので、すぐに見つけられました。


パノーマドレーヌ
Le13 Juillet 2010* La Sainte-Baume*Photos by RESONANCE


サン・ピロンまでは険しい山道をジグザグに登ります。
日本だったら、親切に手すりかロープが張られていそうな危険な道も、
フランスのこの山では「すべては自己責任」 という感じです・・。

わたしたちの後ろから修道士たちの声がしたので、道を譲って先に行ってもらいました。
さすがに山道に慣れているのか、あっというまに姿が見えなくなってしまいました。


山道


Col du St-Pilon 標高994m。
峠を登りきったところに標識が立っていました。
稜線に出ました!やった!という気分でした!

その瞬間、バン! と、身体に受けた強い南風。
今も忘れることはできません。
澄み切った青空、地中海から吹き渡る風、遮るもののない夏の強い日差し。
暗い森を歩いてきた後のこの景色は、すべて爽快でした。


頂上


この標識を右に曲がり、山の尾根づたいに歩きました。
山の上まで来ると、太陽の享受か、植生がすっかり南仏らしくなっていました。
ラベンダー、カモミール、名前も知らない花々が石灰岩の岩間から自生していました。
先ほどまで登って来た北斜面のうっそうとしたケルトの森とは、ぜんぜん種類が違います。


ラベンダー


乾いた風に乗って香る花々の間を歩くのは、なんて心地よいのでしょう。


カモミール


遠くにマグダラのマリアの礼拝堂が見えてきました。
この時の胸の高鳴りといったらありません。

ああ、やっと会える!


サンピロンS


伝説によると、マグダラのマリアは一日に7回日課の祈りを捧げる度に、
洞窟からこの山頂まで天使たちに持ちあげられたといわれます。
山頂で天使たちの音楽を聞かされ、それがマリアの食事だったそうです。

Saint-Pilon サン・ピロンとは「聖なる棒」という意味で、昔はマグダラのマリアが天使に
持ちあげられた場所を記して、一本の円柱があったそうです。
それが今は、礼拝堂となりました。


修道士


わたしたちを追い越した修道士の姿も見えました。
人気のない山頂の礼拝堂は、ひっそりと慎ましやかな佇まい。
わたしの背丈ほどの入り口。
中は人が二人くらい入れるほどの小さな礼拝堂。


礼拝堂3


可憐なばらがたった一輪飾られ、雪花石膏で象られたであろう
白いマグダラのマリア像が祀られていました。

素朴な少女のようでした。
少しうつむいて悲しみをたたえながらも、凜とした美しさがありました。

彫刻や絵画に描かれた他のどんなマグダラのマリアよりも、
わたしはここに祀られているマリアに強く惹かれました。



礼拝堂2



マグダラの礼拝堂を取り巻くサン・ピロンのエネルギーは、きわめて神聖です。
風、光、空のブルー。
何ひとつ手に取ることはできないけれど、ゆるぎない何かがそこにある。

マリアが本当に、この地に生きていたかどうかは分からないけれど、
この地を訪れる者は皆、マグダラのマリアに出会うといいます。



礼拝堂4


何ともいえない安堵感に包まれて、わたしはヘナヘナとしゃがみこんでしまいました。
ここまでやってきた達成感とマグダラのマリアに会えた感動で、胸がいっぱいでした。

ふと、「信仰って何だろう?」 と、
自分自身に問いかけました。

祖父から母へ、母からわたしへと伝えられた宗教というもの。
子供の頃、不得意だった何か。
修道院の食堂で、たまたま出くわした意地悪な信者たち。

「信仰って何だろう?」

その時です。


sora.jpg



    ” それは見えないものなのよ
      あなたが信じるものが信仰 
      辛い時はいつでも帰って来なさい ”




信じられないくらい美しい声が聞こえました!
マグダラのマリアの声!
わたしはとっさにそう思い、そして疑いませんでした。
澄んだ鈴の音のような美しい声は、空から降ってくるようでした。
一語一句、とてもハッキリしていました。

わたしが信じるものが信仰!
そうだ、その通り!
そんな当たり前のこと、
どうして気づかなかったんだろう?

”信仰”=”宗教” というカタチに直結していたわたしの脳。
信じることの結果が、集合的なカタチになると宗教になるかもしれない。
けれど、もとは見えないもの。

見えないものを信じる心の力なんだ。

この風や、光や、空のブルーの中に、何かを感じるように。



マグダラカード1



信じる力。
これこそが、マグダラのマリアそのもの。
キリスト復活の第一発見者だったマグダラのマリアは、信じたのですから。
ほかの12使徒たちが疑ったキリストの復活を。

何かヴェールが一気に取り払われたようでした。
問いかけに返事が返ってくるなんて、
感激して泣き出すのではないかと思ったのですが、
当たり前のことに気づかされてスッキリとした感覚でした。

そして次の瞬間に、
「日本人として生きよう!」と、強く思ったのです!

何の脈絡もなく湧き出た思いに自分でも驚きました。
今までももちろん日本人でしたし、日本で暮らしていましたし・・・。
なぜそう思ったのか全く不思議です。

会いたかった人と会う約束を果たした今、
旅路の末に私自身の中心、やっと我が家に帰ってきた・・・。
そんな感じでしょうか?
人生の目的を達成したかのような喜びが、温かくこみ上げてきました。



地図


夫の口からも意外な言葉が飛び出しました。

「いつか生徒さんたちに、ここを見せてあげたい」と。

わたしたちは小さなスクールを運営しているのですが、
そこに集まる生徒さんたち、マグダラのマリアに惹かれる人たちに
この山に登ってもらいたい、と言い出したのです。

わたしたちは団体ツアーやグループ旅行をしたことがないので、
この発言に驚きました。

自分たちが感動したものを、同じ興味を持つ人たちにも味わってもらうことができたら・・。
それは本当に純粋な思いでした。

4、5人くらいの仲良しグループ旅なら楽しいかもしれない。
素敵なアイディアにうきうきして、この山に誓いました。

いつかまたこの山に帰ってこよう と。



下山2



この時、2010年夏。

数年経った2014年、それが50人ものビッググループの旅、
「聖なる旅」になろうとは、まったく夢にも思わないことでした。







* ~ *  Fin * Chaptre 7 * ~*




パンフ表小パンフ裏小
旅の思い出*サント・ボームのパンフレット









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2016.03.21 | マリア巡礼

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プロフィール

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Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

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