【07-1】サント・ボームのマグダラのマリア(1) - 宿 -

サントボーム150817


サント・ボームのマグダラのマリア(1)-宿-

(マルセイユ- ラ・ギャルド大聖堂の守護のマリア からの続き)



2010年7月12日
マルセイユ駅12時23分発Aubagne オバーニュ行き普通電車に乗り、
バスでSt-Maximin サン・マキシマンへ行き、サン・マキシマン教会を見学してから
Ste-Baumeサント・ボーム山麓の宿へ向かう予定。

11時半!
マルセイユ駅に着いているはずの時間に、まだ丘の頂上に居るわたしたち!
長居し過ぎたノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂から慌ててバスに乗りました。

しかし行先も見ずに乗ったバスは、どうやらマルセイユ駅には行かない。
どこかで降りなければ・・。
わたしたちがわかる街の景色は旧港界隈だけ。
見知らぬ街角で降りたところで、フランスは流しのタクシーはない。
予定通り目的地へ行けるだろうか?

だんだん不安になってきた私の頭に、またあの声が響いてきました。
ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂での空耳。


       あなたは見るべきものを見る。
       行くのではなく、導かれる。


あぁ、そうだった。
行くのではなく、導かれる。

どのみち、どうにかなるのだ。
頭の半分は、運を天に任せて大らかになる感じ。
頭のもう半分は、外の景色に目を凝らし、降りるチャンスを見計らう。

ラッキーにも旧港界隈に停車する。
そこから地下鉄に乗ろう。

マルセイユ駅に無事戻り、駅裏ホテルに預けていた荷物をピックアップ。
この時、12時ちょうど。
あと23分!

飛ぶように駅へ。
フランスの鉄道は、発車ホームがよく変わる。
素早く発車ホームを確認し、プラットホームへ。
日本のように発車ベルは鳴らない。
12時23分発オバーニュ行きは、まさに動き出す寸前、エイッと、
飛び乗りました!

人は、土壇場になると、超人的身体能力が発揮されるものです。
まるで映画みたいな瞬間でした。



駅2
Le 12 Juillet 2010* Pour la Sainte-Bame* Photos by RESONANCE



マルセイユ駅で買う予定だったお水もなく、 喉の渇きに耐え、
消耗した体力を持ちこたえつつ、 クーラーもない電車に揺られてゆきました。
それでも、プロヴァンスの美しい景色が心を潤してくれました。

いくつかの愛らしい田舎の駅を通過して、オバーニュに到着。

すぐにインフォメーションセンターへ行き、バスの時刻表をもらいました。
どうやら目的地のサン・マキシマンには、St-Zacharie サン・ザカリーで乗り換える模様。

50分くらい待ち時間があるので、ランチにしたいところ。
ところが、オバーニュの駅前は何もない。カフェも自動販売機さえない。
スーパーを探して放浪。喉の渇きも限界に達した頃、小さなスーパーを発見。
ようやくジャンボンバゲット(ハムサンド)とお水のランチにありつけました。

13時30分 オバーニュ 発、サン・ザカリー中心街行きは、無料バスでした。
とてもきれいで窓も大きく、景色が良く眺められました。
石灰岩の岩が迫る山道を走ると、あぁ、プロヴァンスに来たんだ!と、
それはもう、遠足気分でウキウキでした。



サンザカリーへの道



お腹も満ち、気持ちにゆとりもできたので、本を開いてみました。
ラ・ギャルド大聖堂の本屋さんで、魔法使いのような瞬間技で手に入れた本です。

その本には、マグダラのマリアの道行が書かれていました。

イスラエルの聖地から、一艘の小舟でフランスに漂着したのは、
サント・マリー・ド・ラ・メールというカマルグの湿原地帯の町。
マルセイユに宣教に出て、サント・ボーム山の洞窟に隠遁。
亡骸はサン・マキシマン教会に。

マルセイユで偶然訪れた、あのサン・ヴィクトール修道院について書かれていました。
”地下礼拝堂には、マルセイユに着いた聖ラザロとマグダラのマリアが祀られている”
知らなかった!やはり行くべき場所だったのだ。
あの迫力のある黒マリアは、マグダラのマリアとして崇められたのだろうか?

漂着の町、サント・マリー・ド・ラ・メールのことは知っていました。
今回の旅も、何度も行こうか、どうしようかと迷ったあげく、旅程の都合でやめたのでした。

マグダラのマリアの道行が、最後がサン・マキシマンならば、わたしたちもそうしよう。
今日のところはサン・マキシマンに行かず、まっすぐサント・ボームの宿に行こう。
サント・ボームの洞窟に参らずして、終焉の教会に行くわけにはいかない。

予定を変えて、サン・ザカリーの町でバスを降りました。



サンザカリー2



14時02分 サン・ザカリー下車。30分のバスの旅は快適でした。
中心街というのに、人影はまったくありませんでした。
観光案内所を探して、閉まっていたドアのチャイムをしつこく鳴らしました。
何事だ?中からぬっと出てきたのは、強面のおじさん。
タクシーを一台、と、こわごわお願いすると、ココを見ろ! 
おじさんの指の先の看板は、POLICE と書かれていました。
案内所はその隣でした・・。

案内所も閉まっていたので、気の毒に思ったか、おじさんはタクシーを呼んでくれました。
待つこと一時間。遅いのでは?と言うと、町で一台だけだからね、と。

マルセイユの隣町に実家がある友人が、電車旅なんて信じられないよ。
観光タクシーとか紹介するし、マルセイユの伯父さんに聞いて車を出してあげるよ。
そう言ってくれた友人の言葉が、ここでも身に染みました。

休憩から戻った案内所の若い女性が、中に入って、と親切にしてくれました。
優しい笑顔の女性は、勤務していた会社の後輩にソックリでした。
ついでにやって来た気のいいタクシードライバーの青年も、同僚にソックリ!
思えば、いつもこの二人に助けてもらったなぁ。
フランス版ソックリさんを通して、遠く離れた異国からお二人に感謝しました。



サントボームの山を



着いた!ついに来た!
サント・ボーム山が見えた時、感動で飛び上がりそうでした。

人なつっこい同僚似のドライバーは、山道の木々の名前を教えてくれて、
この町の自然や暮らしをほんとうに愛してるようでした。
降りそそぐ光、可憐な花々が咲きみだれる道中は、まるで天国のようでした。



オテリエ


この山の麓にある修道院が、今日の宿。

修道院の宿舎は、登山口にあります。
サント・ボームに登るには、とても好都合な立地です。
けれど、基本はキリスト教信者のための宿ですから、普通のホテルとは違います。
今は変わったかもしれませんが、日本からの予約もスムーズではありませんでした。

受付係も修道士さんでした。
宿泊の規律は厳しく、祈りの時間、食事の時間と決まっていました。
奥から威厳のある修道士さんが出てきて、
貴方たちはどこの教区か?(キリスト教の多岐に分かれている宗派)と尋問、いえ、
尋ねられ、マグダラのマリアに会いに来たと伝えると、へえ、という風でした。

穏やかな口調と冷ややかな目。
そう感じたわたし。
宗教裁判で異端尋問に遭った過去世でもあるのかもしれません。

修道士さんから見ると、宗教心もないマグダラ ファン、といったところでしょうか。
そのお気持ちも良くわかります。
もし、わたしが逆の立場だったとしても、どんな理由であれ、
ここに導かれて来た人たちに聖域を尊重してもらいたいと思うでしょう。

宿坊に入ると、マグダラ ファンに喜ばれそうなプレゼンテーションが立派でした。
マグダラのマリア像の横には、アトリビュートの薔薇の造花が飾られ、
マグダラのマリアのストーリーが書かれたパネルが、何枚も壁に貼られていました。



オテリエ内



決められた時間に食堂に行くと、一斉に祈りを捧げてから宿泊者全員で夕食を取りました。
本当に修道院に来ている実感がありました。
東洋人はわたしたち二人だけ。他はフランス各地の同じ宗派のグループでした。
テーブルに隣り合わせた人々は、とても意地悪でした。
普通に話しかけようとも、無視されました。
なぜ貴方たちみたいな東洋人が居るのかしら?

わたしの被害者意識が、何倍にもそう感じさせたのかも知れません。
たまたま出くわした状況なのかもしれませんが、
3年間住んでいたパリでも、こんな人たちに会ったことはありません。

残念でした。
わたしも自分の意志ではないにせよ、生まれてすぐに洗礼を受けた同じ信者です。
信者かどうかより、それ以前の問題です。
肌の色や宗派で判断する? 自分たちが一番正統とでも?
悔しさや悲しさなんて感じません。
ただただ、残念でした。


        あなたは見るべきものを見る。
        行くのではなく、導かれる。


あの意味。

食堂に居た人たちも、わたしに何かを見せたのかもしれない。
心優しいフランス版の同僚たちも、何かの象徴なのかもしれない。
そういえば旅を始めてからずっと、天国と地獄を交互に味わっている。

わたしたちは何かを試されてる?
いったい何を試されているのだろう?



窓



私の心は、意外にも静かでした。

広々とした簡素な部屋は、とても清潔でした。
蛇口と洗面ボールだけの洗面台がついていて、
籐の椅子とテーブル、簡易なタンス、小さなシングルベットが3台ありました。

荷物をほどき、部屋着に着替え、
1m四方もないくらいの共同シャワー室で沐浴しました。
シャワーホースのない、壁に据え付けのシャワー口からお湯が落ちてくる形式です。
質素なシャワーであれ、汗汚れを水で流せるのはありがたい。
清貧の僧侶、そんな感じがしてきました。

人生の余分な何かをそぎ落とすには、素晴らしい環境でした。
そのためのリトリート(精神修養)として、修道院の宿舎はあるのですから。



部屋からの眺め1



部屋の窓から、サント・ボームの山並みが見えました。
眺めていると心が澄んできます。

岸壁のような山の中腹にマグダラのマリアの洞窟があり、
頂上には、マリアの礼拝堂があります。
すそ野はケルト時代からの原生樹林で覆われ、
いったいどうやって登るのだろう?

いよいよ明日、あの山に登る。
ずっとずっと憧れ続けた聖なる山、サント・ボーム。
マグダラのマリアさまに会いに行く。

白く美しいサント・ボームに、オレンジ色の夕陽があたりはじめました。



部屋からの眺め2



母は熱心なキリスト教者でした。
子供の頃は辛かったと、ここに来ていろいろ思い出しました。
マリアさまは好きだけれど、母からお祈りを強要されるのも、
神様はきっといると信じるけれど、教会に行くのを強制されるのは嫌でした。

今思うと、教会に行くことが嫌なのではなく、強制されることや
母との関係によるものかも知れません。

遠く、サントボーム山頂のマグダラのマリア礼拝堂が、かすかに見えました。

わたしの心の奥から、静かで小さな声がしました。


      信仰って、何だろう?


翌朝登ったサント・ボームの山頂で、
人生で忘れられない言葉がわたしの胸に刻まれました。





* ~ * Chaptre 7 Continuer 続く * ~*


テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.29 | マリア巡礼

【06-4】マルセイユ- ラ・ギャルド大聖堂の守護のマリア

マルセイユ- ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂の守護のマリア

(マルセイユ- サン・ヴィクトール修道院の黒マリア からの続き)


サン・ヴィクトール修道院を出て、見上げた坂道の向こうに、
Notre-Dame de la gard ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂が見えました。

マルセイユ駅には11時半に戻らなければいけないし、
以前も来たことがあるし、見学する予定ではなかったのですが、
「またマルセイユに来れた事に感謝して、御礼参りに詣でよう!」と、言い出した
夫の提案で行くことにしました。



坂道2
Le 12 Juillet 2010*Basilique Notre-Dame de la garde * Photos by RESONANCE



地図もなく道順も適当ながら、大聖堂を目指しました。
広い駐車場前に出ると、人と車で混雑していました。

見上げる聖堂は巨大です。
金色に輝くマリア像が、鐘楼の頂上にそびえ立っていました。
Norte-Dame de la gardeは、「守護の聖母」 という意味。

海路からであれ、陸路からであれ、
マルセイユに到着すると、まず目に入るのが、この大聖堂です。
標高162mの山頂に建てられた大聖堂の上に置かれたマリア像は、
まさしく、マルセイユを守るように、港と街を見下ろしています。



教会外観1



現在の建築は、19世紀のローマ・ビザンチン様式ですが、
13世紀には、サン・ビクトール修道院の許可を得て建てられたという
聖母の礼拝堂があり、それを見張り(ギャルド)礼拝堂と呼んだそうです。

その後、見張り(ギャルド)の丘に要塞を建て、聖堂を拡張してゆきました。
15世紀に造られた要塞の面影が、跳ね橋に残っていました。



はね橋



聖堂の中は多色大理石が美しく、モザイクや絵画で飾られており、
正面には、黒い聖母像が祀られていました。
守護の聖母のお姿は、鐘楼頂上に金マリア、聖堂内は黒マリアでした。


聖堂内部



十字架のキリストは、どこにも見当たりませんでした。
おそらく聖母の台座の下に見受けられるパテ十字だけが印でした。

聖母に捧げられた聖堂だからとはいえ、聖書の世界では、
聖母マリアはキリストの母親でキリストより出過ぎることはなく、
ましてや、女性が神格化されて、堂々と中央に祀られているなんて驚きです。
やはり、女神信仰をもつギリシャ人が開祖であったマルセイユの歴史の由縁でしょうか?



マリア2



聖堂の椅子にひざまつき、巨大な黒い聖母像を見上げていると、


       あなたは見るべきものを見る。
       行くのではなく、導かれる。


あの声がしました。

ロカマドール、モワサック、マルセイユのサン・ヴィクトール、これで4度目です。
もう空耳も、自然現象でした。
予定になかったサン・ヴィクトール修道院で、迫力の黒い聖母像を見せられ、
この大聖堂にも導かれるようにして来たのですから。



天井画船とメノーラ



天井や壁のモザイクは見事です。
船の模型が吊るされていて、これは航海の無事を願うものだそうです。

そういえば、ロカマドールの黒マリアも囚人と船乗り、旅人たちの守護者でした。
先ほどまでいたサン・ヴィクトール修道院にも、船にまつわるお話があります。
毎年2月、シャンドールの行列がある(主奉献と聖母のお清めのろうそく祭)祝日に、
小舟の形をしたナベットと呼ばれる伝統菓子を食す習慣があります。
船の形は、最初の宣教師たちがマルセイユに船で来たことを表すそうです。
船と黒マリアの関係はとても深い・・・。

吊るされた船の模型を見ていたら、突然、祖父の顔が浮かんできました。

そうだった、おじいちゃんは船乗りだった!
ヨーロッパ航路の客船航海士で、ポルトガルかフランスでキリスト教の洗礼を受けた。
母から話を聞いた時は、どちらの国かなんて関係ないことだったけれど、
きっとフランス、マルセイユではないだろうか?
このノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂ではないか?
今、ハッキリと、自分にはわかるような気がしました。

船乗りと旅の守護者、黒いマリアに祖父も祈っただろうか?
ここに導いたのは祖父だったのかもしれない。
こんなに近い親族と縁があるマルセイユなのに、素通りするつもりだったなんて・・。
情報も少ない時代に、教会やマリア像が祖父の目にどう映ったのだろう?
もうとっくに天に帰った祖父を思い、深く祈りました。



天井画1

ラギャルド見晴らし



聖堂前を出て、眼下に広がるマルセイユのパノラマを楽しみました。

海が懐かしいと思うのはなぜでしょう?
わたしだけのことなのか、人類の共通感情なのかはわかりませんが。

ぼんやり妄想から目覚めると、なんと11時半!
駅に戻る時間です!思いがけず長居してしまった!
ひゃ〜っと青ざめているヒマもなく、バスか車を探しました。
徒歩で山を下る時間はない。

小走りしながら、大聖堂付属の本屋さんが目の端に入りました。
こんな時間のない時に何を思ったか、わたしは本屋に吸いこまれ、
まるでそこにあるのを知っていたかのように、ぱっと一冊の本を手に取り、
急いで会計をし、本屋を出て、何事もなかったかのように、また小走りしました。

この間、およそ1分くらい。
自分でも理解に苦しむ異様な行動でした。

しかしこの本が、この後の旅の重要なガイドとなろうとは、
夢にも思わなかったことです。

周遊バスを見つけて乗り込むも、NONと言われ、運転手が指差す方向に
街に下りるバスがありました。
行先も見ずに乗ったバスは、マルセイユ駅には行かない。
見知らぬ街のどこかで降りるしかないけれど、
下車したところで、フランスは流しのタクシーはない。

時間までに駅に戻り、予定通り目的地に行けるだろうか?
だんだん心配になってきたわたしの頭に、あの声が響きました。


     あなたは見るべきものを見る。
     行くのではなく、導かれる。


そうだ。
行くのではなく、導かれる。

あの声が、いつの間にか自分の声になっていました。






* ~ * Fin * Chaptre 6 * ~*






img08476-2LL.jpg img08476-1マリアLL
旅の思い出*ポストカードとサン・ヴィクトール修道院のシャンドールの本







テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.22 | マリア巡礼

【06-3】マルセイユ - サン・ビクトール修道院の黒マリア

マルセイユ - サン・ヴィクトール修道院の黒マリア

( マルセイユへ(2)- 旅路- からの続き)


2010年7月12日
マルセイユ駅12時23分発のAubaneオバーニュ行き普通電車に乗り、その後、
地元のバスに乗って、サント・ボームの麓、St-Maximinサン・マキシマンまで行きます。

当初は、マルセイユからバスでの楽チンな旅の予定でした。
大幅に予定が変更されたため、マルセイユで半日時間が空いてしまいました。
以前も来たことがあるし、そんなに興味もないし、どうしようか?

そして、予期せぬことが起こりました。
わたしは、ホテルのフロントにあった観光ガイドに目が釘付けになりました。

えっ?マルセイユにも黒マリアがいるの?
Abbaye St-Victor サン・ヴィクトール修道院というところでした。

駅には11時30分ころに戻れば大丈夫。
ホテルに荷物を預け、Vieux-Port 旧港駅まで地下鉄に乗って行くことに。
昨日バス停探しに地下鉄に乗ったおかげで、路線図が頭に入っていました。



ヴィクトワル修道院
Le 12 Juillet 2010*Abbaye St-Victoir* Photos by RESONANCE



港の坂道を登るとサン・ヴィクトール修道院がありました。

要塞化した修道院は、3世紀の殉教者、聖ヴィクトールの墓地の上に
東方からやって来た聖者ジャン・カシアンによって、5世紀に建てられたもの。
フランス最古の修道院といわれています。

そしてそのまた上、サン・ヴィクトール修道院の上に、13世紀に建てられた聖堂があります。
何世紀にも渡り改築や修復を繰り返してきた、マルセイユでも最古の宗教建築です。
現在も発掘調査と修復が続けられているそうです。

黒マリア信仰は、11世紀になって盛んになり、崇められました。
聖堂のCrypte クリプト(地下礼拝堂)に、Notre-Dame de Confession
ノートル-ダム・ド・コンフェッション(懺悔の聖母)と呼ばれる
黒い聖母子像があります。



教会入口


聖堂入口の聖母子像がわたしたちを出迎えてくれました。

ロカマドールの黒マリアさまと、フォルムが同じです。
木製で、全長70cm くらい。
黒い肌、正面を向いて玉座にすわり、まっすぐ見開いている目。
膝に座る幼子イエスの顔は、決まって大人びています。

入口の聖母子像は、おそらく時代の新しいものでしょう。


教会のマリア様


古くから崇められている黒い聖母子像は地下に居ます。 
売店にいたマダムにクリプトの場所を聞き、番頭さんのようなムッシュウに
鍵のかかった古い扉を開けてもらいました。

普段は鍵がかけられており、見学を申し出なければ見ることはできません。
帰りの時間が気になって、扉の上の時計を見ると17時過ぎで止っていました。
いつから時が止っているのだろう?

わたしたちが中に入ると、ギィィィ~パタン、と
扉が閉まる音を背中で聞きました。
ちょっと怖い・・・。


売店


地下に続く階段を降りていきました。
ひんやりとした冷気。
地下は照明が少なく、真っ暗でした。
闇に眼をこらしてようやくあたりが見え、最初はこわごわでした。
なにせ、聖堂の下に修道院、修道院の下は墓地です。。。
見学者も、わたしたち二人だけです。


地下階段


階段を降りるとすぐ、礼拝堂らしき椅子が並んでいるのが
うすぼんやりと見えてきました。

椅子の最前列の先に、聖母子像を見つけました。
真正面に鎮座するのではなく、左側の壁に掛けられていました。


黒マリア1


この黒い聖母子像に、あまり近づけなかったのを覚えています。
正直、迫力を感じて少し怖かったのです。
直視するのも はばかれる気配がありました。

このマリアさまは、確かに地下にいる。
この場所が冥界にも思えて、早く立ち去りたい気分でした。

祈るでもなく像の前に立ちすくんでいました。
すると・・・
    
        死者のために祈りなさい。

声が聞こえました。

ロカマドールの黒マリアさまや、モワサックの杉の木と同じように、
あの空耳です。

サン・ヴィクトール修道院の、この迫力ある黒い聖母子像を前に、
空耳の真実を突きとめたり、疑ったりはどうでも良いことでした。
事実、わたしたちは家族を亡くしたばかり。
だから、このマリア巡礼の旅に出たのですから・・・。
わたしたちは他界した家族と、すべての死者のために祈りました。


地下入口1


いつのまにか入って来ていた男女ふたりの話し声がして、
祈りを終えて、上の聖堂へと戻りました。


扉


聖堂を出ると、真っ白な光が目を刺すようでした。
冥界から地上へ這い出たような気分です。
光がなんてありがたい。

目の前の広場からは古い町並みと港が見えて、なんだかほっとしました。
あの港から古代ギリシャ人が来たのかな?


外1


マルセイユの歴史は古く、紀元前600年頃、ギリシャ系のフォカイヤ人が
新天地を求めて海路マルセイユに到着し、マルセイユを建都したそうです。
地中海有数の港になった、Massaliaマッサリア と呼ばれていた時代です。

ギリシャには女神信仰があり、キュベレやアルテミス像を持って旅したといわれます。
明らかに異国の香りを放つサン・ヴィクトール修道院の黒い聖母像の前身は、
こういった女神たちだったのかも知れません。


パノー2


ロカマドールの黒マリアと、サント・ボームのマグダラのマリアに会いたい思いだけで、
そのほかは、ろくな情報も集めずに旅に出ました。
ほとんどのことは、旅の後から知ったことばかりですが、
旅から戻って5年後、巡礼記を書いている今、強く思うのです。

サン・ビクトールの黒い聖母像を見ずして、
マグダラのマリアのことを本当に知ることはなかっただろう、と。

それは知識ではなく、あの地下礼拝堂にあった空気。
子宮という闇から生み出される前のような、
そして地下に葬られた後の、あの暗闇を包んでいた空気。

生み出し、安らかな永遠の眠りを祈る黒い母。
サン・ヴィクトールの黒い聖母像は、母なるものの元型をとどめているようでした。

予期せず出会えた 未知の黒い聖母子像。
偶然の導きに感謝しました。


外2


港の坂道は旅情を誘います。

坂の上を眺めると、あの懐かしのノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂が見えました。


坂道


「詣でよう!」と、夫が言いました。
マルセイユに再び来れたことに感謝して、御礼詣りに行こうと。
時間を気にしつつも、行くことにしました。

目の前に現れたものは導き。
モワサックの天使青年の時のように、ラッキーに違いありません。

わたしたちは信頼の翼を広げ、ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルドへと、
急な坂道を飛んでゆきました。




* ~ * Chaptre 6 Continuer 続く * ~*













テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.20 | マリア巡礼

【06-2】マルセイユへ (2) - 旅路 -

マルセイユへ (2) - 旅路 -

マルセイユへ - 光の道- からの続き)


2010年7月11日
およそ14時間滞在したモワサックから、タクシーに乗りモントーバン駅へ。
そこからトゥ―ルーズへ行き、乗り換えをしてマルセイユへ向かう予定でした。
駅の掲示板を見ると、モントーバンにも停車するマルセイユ行きがあるようです。

これはラッキー。
チケットを変更してもらうために窓口に行きました。
普段から上機嫌であろう面もちのお姉さんは、手際よく手続きをしてくれました。
ついでにスーリヤック駅でレールパスが使えなかった苦情を話すと、
乗車前に乗車日を手書きで記入する必要があるとのこと。
きちんと説明してくれました。

そうだった、うっかり忘れてた。
スーリヤックのお姉さんは「日付けを記入してください」といえば済んだはず。
なぜ正規料金でチケットを購入させたのだろう?
フランスでは、ラッキーもアンラッキーも対応する人によると聞いたことがあります。
まったくです。それを実感するチケット変更手続き事件でした。

10時14分発のCORAIL TEOZに乗り込み、終着駅マルセイユには14時48分に到着。

約4時間半の旅路。
車内販売のパンとサラダのランチ、雑誌をめくったり、ぼんやり車窓を眺めたり。

けっこう好きな時間です。
体はたしかに電車に乗っているけれど、実はどこにも存在していないのです。
心は過去や未来を飛びまわり、自由を楽しんでいるようです。



マルセイユ駅
Le 11 juillet 2010*Marseille* Photos by RESONANCE



Marseille St-Charles マルセイユ サン・シャルル駅は、異国情緒に溢れていました。
南の強烈な光、ヤシの木、高台にある駅の正面玄関テラスからは町全体を見渡せて、
遠く、Notre-Dame de la garde ノートル-ダム・ド・ラ・ギャルド大聖堂が見えます。
この大聖堂には過去、やはり夫と二人で訪れたことがあり、懐かしく眺めました。

今回のわたしたちはマルセイユ観光には興味なく、ホテルもアクセス重視の駅裏の宿。
チェックイン後、翌日乗るバスの停留所の確認に出ました。

マルセイユ駅発着だったはずのバス停は移動されていました。
こんなことしょっちゅうだから、イチに確認、ニに確認な、フランス電車旅。
駅構内にあるインフォメーションセンターで調べてもらうと、中心街に移動したようです。
せっかく駅裏ホテルをとった甲斐もなし。

気を取り直して地下鉄で現地へと赴いたものの、目的地へ行くバス停は皆無でした。
インフォメーションセンターの情報でさえ、アンラッキーがあるようです。

どうしよう?どうやって行こう? 
あの憧れのサント・ボーム山、マグダラのマリアの洞窟へ。

パリに住む報道取材コーディネーターをしている友人が、
電車旅なんてやめなよ、車をチャーターしてあげるよと言ってくれた言葉が身に染みました。
車が苦手なわたし・・・。こんなことがあっても好きなんです、電車旅。

バス会社を調べると、発着はマルセイユではなく、Aubagneオーバーニュという町のよう。
マルセイユ駅から普通電車に乗って、オーバーニュ駅へ行くことにしました。
やっぱり駅裏ホテルで正解だったと、一喜一憂を味わうのでした。

すでに夕闇迫るマルセイユの街。

折しも本日は、スペイン対オランダのワールドカップ決勝戦。
マルセイユはサッカーが盛んなことで有名、どちらが勝っても街は荒れます。
以前パリで決勝戦があった時、たまたま居合わせたわたしの記憶がよみがえり、
早々とホテルに退散しました。

大改装されたばかりのマルセイユ駅構内はとても便利。
テイクアウトできるお店もたくさんあります。
お惣菜を買って、キッチン付きホテルでのんびり夕食を取ることにしました。



マルセ決勝1

ワールドカップをテレビ観戦。

マルセ決勝2

GooooooL !!!

マルセ決勝3

GoooooL !!!

旅路のつかの間の娯楽気分。

さて、翌日わたしたちも、マグダラのマリアの洞窟に
晴れてゴールインできるでしょうか?





* ~ * Chaptre 6 Continuer 続く * ~*











テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.18 | マリア巡礼

【06-1】マルセイユへ - 光の道 -

バナー_マルセイユ

モワサックのサン・ピエール修道院(2)夢の回廊 からの続き)

2010年7月11日
Midi-Pyrénées ミディ- ピレネー地方、Moissacモワサックの街から、
Provence地方のMarseilleマルセイユへと、東に横断します。

モワサックのホテルからタクシーでモントーバン駅へ行き、
普通電車に乗ってトゥールーズ駅 へ。
急行列車TEOZに乗り換えて終点 マルセイユ駅。

目的は、マルセイユの北東にある La Sainte-Baumeサント・ボーム山。
今回の旅のハイライト、マグダラのマリアの洞窟に行きます。

9時の電車に間に合うよう、7時に起きてタクシーに乗りました。

モントーバンへの道は、光の道でした。





ひまわりの道修
Le 11 Juiilet 2010*Partir pour Marseille*Photos by RESONANCE




夏の太陽。

ひまわり畑。



ひまわりの道L


映画のワンシーンのようでした。



ひまわりの道3L



マグダラのマリアさまに会う

胸の高鳴り。



光の道



この光の道は、

どこまでも どこまでも



光の道2



永遠に

続くようでした。





* ~ * Chaptre 6 Continuer 続く * ~*






テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.17 | マリア巡礼

【05-2】モワサックのサン・ピエール修道院(2)夢の回廊

モワサックのサン・ピエール修道院(2) - 夢の回廊 -

モワサックのサン・ピエール修道院(1) - 予感 - からの続き)


サン・ピエール修道院付属の教会に着いたはいいものの、
お目当ての回廊へゆく扉が見つからない。
誰に聞いても、「知らない」と冷たくあしらわれ、
まるで、すべての扉が閉じられたかような絶望に伏せるその時、
天使のような美青年が現れました。

「回廊までご案内しますよ」

救われた思いで、天使青年についていきました。
しかし、どんどん教会とは離れてゆき、本当にこっちでいいの?と、
一抹の不安も。

金髪が陽に輝き、透けるような白い肌を持つ青年の声はきわめて美しく、
話し方に気品が感じられました。

うん。大丈夫。
だってこのヒト、こんなに目が優しいもの。
私たちは天使青年を信頼しました。

「ここですよ」

回廊への入館窓口に無事到着しました。
入場料が必要だったので、発券窓口へ行くと、
つい先程「知らない」といって門前払いしたお姉さんがいました。
信じられません・・。

天使青年は、発券係のお姉さんに、何やら耳打ち。
するとどうでしょう?
「quinze minute キャンズ ミニュッツしかないけど、どうぞ」といって、にっこり。
回廊への扉が開かれたのです。(実際には小さく細い入口)

どうなってるの?

しかもこの場所は、さっきまで私たちがいた場所です。
どうしてあんなに遠回りを?

どういうこと?
あなた何者?

天使青年に話しかけようと振り向くと、もう姿はありませんでした。

夢?

でも夢なら覚めないで!
閉館まで、あとquinze minute キャンズ ミニュッツ15分!

私たちは夢に突入していきました。



回廊1
Le 10 Juillet 2010*Moissac* Photos by RESONANCE



ああ、なんて美しいのでしょう!
夢の回廊!

世界で最も美しいと言われている回廊は、
東西南北約40メートル四方の空間に、列柱が整然と並んでいました。

よくみると一本と二本の華奢な円柱が交互にならび、
一辺の回廊の中央には太い角柱が配されて、リズムと安定感をもたらしていました。



回廊2



11世紀のものとされる88本の柱頭は、植物や花々が彫られ、
旧約と新約の聖書が題材になっています。

アダムとイブ、カインとアベル、ダニエルと獅子たち、カナの結婚など、
数々の彫刻が、壮大な絵巻物を織成していました。

この美しさはみごととしか言えません。
わたしを惹きつけてやまないロマネスクの柱頭彫刻については、
このブログのカテゴリー ”色と光のアート参拝” で、改めて書こうと思います。

それにしても おかしい・・・。

回廊には私たちたった二人だけ。
真夏のバカンスの、こんな有名な観光地に誰もいないのです。

中庭には象徴的な大きな杉の木がありました。
杉の木が一番よく見えるベンチに座り、ひと口お水を飲み、
贅沢な静寂の中に浸りました。



杉



するとその時、

    「よく来たのう~」 

と、杉からおじいちゃん風の声が聞こえました。
えっ?空耳?
それは私にではなく、夫に話しかけたような気がしました。
何やら不思議の世界にいるような。

時計を見ると、いけない!閉館時間です!
静寂は破れ、現実に引き戻されて出口を探して走りました。

12時までのシンデレラ。
魔法が、夢が、終わってしまう。

出口と間違えて、らせん階段に出てしまいました。
円形の形の塔のようでした。
ここじゃないよね?
この塔に登ってしまったら、もう帰れない。

早く出ないと閉じ込められてしまう。
回廊で野宿はご免です。

いま来た入り口(出口?)へと、急いで戻りました。



回廊と人



これはまた、どうしたことでしょう?

回廊に戻ると、人でごった返していました。
よく見るとエレガントな洋服に身を包んだ人々。
いつの間に?
ものの30秒くらいの間に、こんなに人が一斉に入館するでしょうか?
しかも、もう閉館のはず。

タイムスリップしたような夢の回廊から、
どのように外に出たのかは覚えていません。

気が付いたら、最初に着いたサンピエール修道院付属教会の入口にいました。
着いた時にはなかった薔薇の花びらが、地面にたくさん撒かれていました。

とっても短い間に結婚式があったようです。
あの回廊にいた人々も、参列者だったのでしょう。

quinze minute キャンズ ミニュッツ。
たった15分とは思えない。
2,3時間過ごしたような、いえ、
時が止まったかのような、異空間に迷い込んだようでした。



hotel.jpg



モワサックは、Tarn タルヌ川と Garonne ガロンヌ川が交わる高台にある街。
中心街から離れた川沿いのホテルに戻り、今日一日を振り返りました。

ロカマドールからハプニング続きの移動、
意地悪な人々と天使青年の導き、
おじいちゃん杉の労いの声、15分だけの夢の回廊。
なんだか不思議な一日でした。



kawa.jpg



部屋の窓を開けると、真下に川が流れていました。
大きな川の水の流れはなく、まるで夜空を映す鏡のようでした。

すぐ近く、タルヌ川に架かる眼鏡橋も水面に鏡像を作り出していました。
眺めていると、また異空間に入っていくような。

モワサックの一日は、どこまでも夢とうつつの狭間にいるようでした。




* ~ * Fin ~* Chaptre: 5 * ~*





カタログ

本
*旅の思い出*サン・ピエール修道院のカタログとサンチャゴ巡礼路の美しい写真集








続きを読む

テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.16 | マリア巡礼

【05-1】モワサックのサン・ピエール修道院(1)予感

バナー_モアサック修整


(ロカマドールの黒マリア(4)巡礼路 からの続き)

2010年7月10日
正午前に中世都市ロカマドールを離れ、次の目的地、Maissac モワサックへ。

Midei-Pyrénées地方、Toulouse トゥールーズの北にある小さな街
モワサックを有名にしているのは、Abbaye St-Pierre サン・ピエール修道院の回廊です。

ロマネスク芸術の最高峰といわれる回廊を、一目でいいから見たい。
マリア巡礼地ではないのですが、憧れ続けた場所のひとつでした。


michiL.jpg
Le 10Juillet 2010* Aller à Moissac * Photos by RESONANCE


ロカマドールで、タクシードライバーはたった一人なのだろうか?
着いた日も離れる日も、同じドライバーさんでした。
予約したのに、待っててくれなかったあのドライバーさんです。

険悪な雰囲気になるのもイヤだから、
「ロカマドールは素晴らしい街でした~」と話しかけても無言です。。。

なんだか嫌な予感がうっすらと。

流れる景色は美しく、のどかな田舎道、渓谷やキャンプ場やお城もあって、
沈黙の車内とは裏腹に、外の世界は平和でした。


L.jpg
出典:Guide Découvert


わたしたちが立てたスケジュールは、

Rocamadour ロカマドール ⇒ Souillacスーリヤック駅までTAXI に乗り、
Souillac スーリヤック駅 ⇒ Montauban モントーバン駅まで急行列車TEOZでゆく。
Montauban モントーバン駅で乗り換え、Moissac モワサックへ。

ところが予感的中か・・・。 
スーリヤック駅から乗るはずだった電車がなかった。
時刻表にはあったはずなのに?

フランスではよくある事と気を取り直し、チケット販売窓口へ。
普段から不機嫌な顔つきであろうお姉さんに、電車の変更をお願いするも、
こちらも上手くいかず。
日本で購入した電車周遊券のレールパスが使えないというではないですか。
そんなはずない、と交渉しても、NON!の一点張りのお姉さん。

正規料金であらたにチケットを買うハメに。
旅行者には時間がない。悔しいけど揉めてるヒマはない。
予定より1時間遅れの、14時47分、TEOZ一等車 に乗り込みました。


DSC00198_400+2.jpg


フランスの電車は、一等、二等とクラス分けがありますが、普通電車はグチャグチャです。
二等のチケットで一等車に優雅に座ってる人なんてザラです。
この日の電車も、車掌さんがチケット拝見~と巡回して、二等行きを指示される人だらけ。
なのに、「こんな暑い日に、クーラーもない二等に誰が乗れるっていうのよッ」と
悪態をつく乗客。 やれやれ・・。

16時14分、モントーバン駅に到着。
乗り換えするはずだった電車に乗れず、しかも、その日の運行は終了とのこと。
最終目的地のモワサックではホテルを予約してあるし、キャンセルもしたくない。
ならば、と、駅前広場の看板にあったタクシーコールに電話して車を呼びました。

17時20分、モワサックのホテル到着。
メルセデスベンツのタクシードライバーは上機嫌でした。
明日も乗せるよ、と言ってタクシーカードを手渡してくれました。

モワサックの人は感じが良い。
なんだか素敵な予感。
ほのかな期待がうっすらと。

フロントに荷物を置き、お目当ての修道院へまっしぐら。
もう夕方、修道院が閉まるかもしれない。

モワサックの中心街は、どこかうら寂しく、
とても観光地とは思えない町並みを横目に早歩きしました。



外観1


サン・ピエール修道院付属の教会に着いて、急いで中に入りました。
でも、お目当ての回廊が見つからない。

いろんな人に手あたり次第、回廊はどこにありますか?と聞いても、
さあ?と首をかしげて、教えてくれないのです。

そんなことってあります?
意地悪されてるのでしょうか?

もう18時をまわり、閉館の時間が迫ってる。
翌日は早朝に移動する予定なので、今見れないともうチャンスはない。
どうしよう?

絶体絶命の危機に、救いの手は差し伸べられる。
その時、天使のような美青年がすぅ~っと傍に寄って来て、
回廊まで案内してくれることに。

しかし、天使青年がガイドする道は、教会からどんどん離れていく。
もしやヘンなところに連れていくのではあるまいな?と疑惑の念も。

モワサックの人は感じが良い?
この素敵な予感と、ほのかな期待は的中するか?




* ~ * Chaptre 5 Continuer 続く * ~*


http://maria11pilgrim.blog.fc2.com/blog-entry-11.htmlhttp://maria11pilgrim.blog.fc2.com/blog-entry-11.html

テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.16 | マリア巡礼

【04-4】ロカマドールの黒マリア(4)巡礼路

ロカマドール 第4話 - 巡礼路 -

第3話 - 黒い聖母 - からの続き)



朝陽に照らし出されたロカマドールの街が美しいと聞きました。
ロカマドールから、北東に2Km離れたHospitalet オスピタレの丘から
見下ろす街が絶景のようです。

黄金色に輝くロカマドールを見るために、わたしたちは早朝5時に起き、
まだ眠っている街を歩きました。


明け1450
Le 10 Juillet 2010* Le Chemin de la pèlerinage * by Photos by RESONANCE


薄ぼんやりとした岩山の聖都を背に、街を離れてゆきました。
人っ子ひとりいない路地。
鳥も猫も鳴かない。
息をひそめる街に、足音も消えゆく石畳を ひたひたと歩きました。


明けS2


空には、ほっそりとした三日月。


明けS3


暁の星も輝いていました。

暁の星(あけのほし)は、夜明けの金星のこと。
宵の明星(よいのみょうじょう)も、夕暮れの金星のこと。
どちらもマリアさまに捧げられた呼称なのだと。

子供のころ、よく母から聞かされました。


明けの明星450


三日月と金星。

マリア巡礼で、これ以上のシチュエーションがあろうかと思うほど。
美しい夜明けに感動しながら、朝露にぬれた路地を歩きました。


町

遠景1



辿りついたオスピタレの丘。
ロカマドールが一望できました。
早すぎたのか、黄金色に輝く姿は見られませんでしたが、
朝もやのベールに包まれた聖都は、また格別でした。

ここでしばらくの間休憩して、帰りは違う道を下りました。

中世の門が見えてきて、
門の横には聖ヨハネ病院の跡がありました。
巡礼の途中で病気になった人々を受け入れた施設が、後に病院になったものです。

聖ヨハネ(Saint-Jean サン・ジャン)は、洗礼者ヨハネのこと。
テンプル騎士団の衰退後、ヨハネ騎士団・マルタ騎士団がフランスに根付きました。
この病院はヨハネ修道会の救護所だったのでしょうか?

Hospitalet オスピタレは、フランス語 のオスピタル Hospital =病院。
この丘の一帯は、療養所や保養地だったのかもしれません。

そういえば、ロカマドールの聖都にある7つの教会の中に、
洗礼者ヨハネの礼拝堂もありました。

15世紀にValon ヴァロン家(おそらく貴族)によって奉献された礼拝堂には、
聖ヨハネ修道会騎士、Jehan de Valon ジャン・ド・ヴァロンの棺が収められています。


巡礼路1


わたしたちは、偶然、素敵な道に来たようです!

まさにこの門がロカマドールへの入り口、
この道こそ、正真正銘サンチャゴ デ コンポステラの巡礼路でした。
サンチャゴ巡礼は、フランスからスペインの西の果て、聖ヤコブ大聖堂までを歩く巡礼です。

聖ヤコブはフランス語でSaint-Jacque サン・ジャックといい、
サン・ジャックはホタテ貝の意味でもあります。
巡礼者は杖にホタテ貝の貝殻をぶら下げて歩き、
巡礼路は、ホタテ貝のマークが目印になっています。

この下り坂に、たくさんホタテ貝マークを見つけました。
ロカマドールがサンチャゴ巡礼の中継地点だということも、
この道の存在も、まったく知りませんでした。
わたしたちは得した気分になって、意気揚々と巡礼路を歩きました。

   さあ、歩きましょう!

魂が喜びの声をあげるようでした。


巡礼路3

巡礼路4

巡礼路5


水路があって、趣のある古い巡礼路。
途中、イチジクやローズマリーの花々が香り、ちいさな巡礼宿もありました。
遠くに聖都が見えてきた時、いにしえの巡礼者はどんなに感激したことでしょう。
二差路の間に十字架があり、ここから聖域であることを知らせていました。


IMG_0899_400.jpg


坂を下りきると、ちょうどその時、朝陽が聖都を照らし出しました。
街の灯はひとつずつ消えてゆき、息をひそめていた聖都に活気が戻っていました。

ホテルに戻ったのは7時30分ころ。約2時間半の散歩でした。
朝のすがすがしい空気を吸って、心もすっかり洗われたようでした。


ホテルと気球


朝食をとったテラスから、気球が空中をゆっくり移動するのを見ました。

わたしたちも気球のようだ、と思いました。
旅という非日常的な空間を漂っているのです。


20100710162533_400.jpg


この日の午前中、一泊だけのロカマドールを離れ、
次の目的地、Moissacへ移動します。

ロカマドールでの滞在時間は、およそ19時間。
その間3度も大階段を登り、黒マリアさまに会い、
夜は名物のフォアグラをいただき、早朝に巡礼路を歩く。
たったこれだけですが、達成感でいっぱいでした。

チェックアウトを済ませ、ホテルの外で迎えの車を待ちました。


DSC00140_400-2.jpg


ふと、見上げると・・・!
このホテルは、あの聖ヨハネ修道会騎士、Jehan de Valonの宿でした!

聖都に一番地近い三ツ星とう理由だけで選んだのに、由緒ある宿だったとは。
可愛いいロゴだなぁ、と、撮ったホテルのプレートをまじまじ見て、
旅から戻った後に知りました。


DSC00181_250.jpg
1440-1516
Ancien Hôtel de Commandeur   旧司令官宿
Jehan de Valon  ジャン・ド・ヴァロン
Chevalier de Malte マルタの騎士



秘密は後から明かされる -  と いいます。


   あなたに奇跡をあたえる


礼拝堂での、あの黒マリアさまの声が、また聞こえてくるようでした。



朝日のロカマドールiku







* ~ * Fin ~* Chaptre: 4 * ~*



土産
IMG_4340.jpg
*旅の思い出 - 黒マリアさまのメダイとポストカードたち






テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.14 | マリア巡礼

【04-3】ロカマドールの黒マリア(3)黒い聖母

ロカマドール第3話 - 黒い聖母 -  

第2話 - 聖都 - からの続き)


巡礼団の人の流れのままに、いつのまにかわたしたちは、
黒マリアさまが祀られている奇跡の礼拝堂のミサに参列していました。

西側の岩が壁になっており、岩の空洞の中に礼拝堂があるといった感じです。



壁
Le 9 Juillet 2010 *Dans la chapelle miraculeuse *Photo by RESONANCE



ミサが始まる前にキャンドルを灯します。

礼拝堂はほの暗く、厳かでした。
照明は参列者のキャンドルと、ステンドグラスから差し込む光、
黒い聖母像を護るかのような、四人の天使が持つトーチの灯りだけでした。


20100709231226_450.jpg


会いたかった黒マリアさまは、静けさの波の中に鎮座しておられました。

なんと神秘的な佇まいでしょう!
中央正面に、幼児イエスを膝の上に抱き、玉座に座った黒い聖母像。
木製で小さな、けれど漆黒の光の奥に、慈悲深さを感じるマリアさまです。


20100709231445_450.jpg



この写真では、あまりに遠くて見えませんが、金の冠をかぶり、
服の襟ぐりと長い上着の手首には、金製の精妙に描かれた唐草模様で飾られています。
昔は、像は銀の薄片で覆われていたといいます。

そもそも、なぜ黒いのでしょう?

木材などが元々黒かった、ろうそくの煙で黒ずんだ、などいわれますが、
黒い色の起源は、東方からやってきたことを意味するようです。

黒マリアさまは、なぜかフランスだけに限って存在しています。
現存する百体あまりの像は、特にマッシフ・サントラルといわれる中央山塊、
ピレネー山脈東部、プロヴァンス地方の山間部など。
南フランスの僻地に集中しています。

その多くの像は、12世紀ごろのものといわれますが、もっと古くから・・・。
ガリアと呼ばれていた古代フランス時代から住み着いていた民族の
土俗的な崇敬の対象や地母神と習合していった姿なのかもしれません。

わたしはマグダラのマリアの伝説を思わずにはいられないのでした。

1世紀、イスラエルから一艘の小舟に乗って、南フランスに漂着したマグダラのマリア。
東方の民だった彼女の肌の色も、褐色だったに違いありません。



黒マリア



黒い聖母像の形態は、驚くほど類似点があります。

単独の立体像であること。
木製であること - 梨や胡桃の木。
中にはフランスにはないヒマラヤ杉で彫られているものがあること。
小さいこと - 体長が50cm 〜80cm 位。
同じポーズであること - 玉座に正面を向いて座り、膝に幼子イエスを抱いていること。

黒い聖母が起こすという奇跡は、日照りが続いた後に雨を降らせるという穀物の豊穣や、
大火を消沈させるという自然現象にかかわること、病気の治癒が伝承に残されています。
そして、もうひとつ特徴的なのは、船乗りの保護と囚人たちの解放だっだそうです。

なぜ、船乗りと囚人?
どちらも「旅する者」という意味らしいです。
囚人というのは、異国で捉えられた旅人のことを指して、
スペインのサラセン人に捉えられたキリスト教徒を開放した、とか、
十字軍に参加して回教徒に捉えられた騎士を開放した奇跡などがあるそうです。

旅する者の守護。
それが黒マリアさまの奇跡のひとつであるようです。


*参考文献: 田中仁彦著「黒マリアの謎」



o0300043911841122248.jpg



黒マリアさまに祈りを捧げていると、声が聞こえてくるようでした。


      あなたを待っていた
      あなたに奇跡をあたえる
      ここに来れなかった人々のために祈りなさい 


わたしも、何年も旅に出られない時期かありました。
誰でもが、いつでも気軽に旅できるわけではありません。
確かにそうだなぁという気がして、ここに来れない人たちのために祈りました。

しかし、「あなたに奇跡をあたえる」 というのは何のことか?
ただの空耳なのだから、全く気にもかけず、特別なこととも思わず、
わたしは祈りを終えて、椅子から立ち上がりました。



DSC00107_450.jpg



マリアさまの「受胎告知」が描かれたステンドグラス。
ここでは、天使の顔が黒いのに、マリアさまの肌が白いのが不思議でした。
黒いマリアさまと白いマリアさまは、別人なのでしょうか?

もうすでに暮れかかったロカマドールの村へと、
礼拝堂を後にホテルに向かいます。
明日は、朝焼けに輝く聖都が眺められるというロスピタレの町へ、
早起きして行こうと思います。



マグダラ荘2



途中、Relais Madeleine  ルレ・マドレーヌを見つけました。
Relaisは、昔、巡礼者を泊めた旅籠やのことで、Madeleine はマグダラのマリアのこと。

マグダラの名前の付いた宿があるのです。




* ~ * Chaptre4 Continuer 続く * ~*









テーマ:旅行記 - ジャンル:旅行

2015.08.11 | マリア巡礼

«  | ホーム |  »

プロフィール

mariaikuko

Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR