【02-1】ファティマの奇跡のマリア

ファティマ


ファティマは、フランスのルルドと並ぶマリア信仰の聖地です。
多くの群衆の前で奇跡を起こし、平和のために祈るよう唱えた
ファティマの奇跡のマリアさまはとても有名です。


母と姉とわたし、ルルド巡礼に続いて
ポルトガルはリスボンに飛び、奇跡のマリアさまにお会いしました。


ファティマのマリア



リスボン国際空港から北へ、バスで3時間くらい。
美しいリスボンの街を眺めながら、ファティマに向かいます。

リスボン2

リスボン1


ファティマに近づくにつれ、簡素な村に景色が変わってゆきます。

オルトガルの道2

1917年、草地で羊の守をしていた3人の少年少女の前に
稲妻とともに光に包まれたマリアさまが現れたといいます。
当時名もない村だった面影が、今なお残されているような景色です。

ポルトガルの道1


そして到着したファティマの大聖堂。
広大な広場の半分を包み込むようなネオ・クラシック様式の聖堂は大迫力でした。
5月13日、この日はちょうどマリアさまご出現の記念祭典日。
世界中から集まってきた人々で、すでに広場は埋め尽くされていました。

Fatima_091vaL.jpg

本で読むマリアさまの奇跡は、まるでマジックのようです。
毎月13日、同じ場所に続けて6回、マリアさまは子供たちの前に現れました。
そして最終日には、数万人もの群衆が詰めかけたといわれます。

「私はロザリオの聖母です。ここに私の教会を建てて下さい。
 毎日、ロザリオの祈りを唱えて下さい。
 人々が、これ以上神様に背くことがありませんように。
 神様はすでにたくさんの背きを受けておられるのですから」
 
多くの群衆の前に現れたマリアさまはメッセージを残し、
そして太陽を指差すように昇っていかれました。

その時、太陽が突然震えだし、燃え盛る車輪のように回転し、
あらゆる方向に色の光線を放ち、
しまいにはジグザクに太陽が落下したり、上昇したりしました。

人々は一斉に叫び声を上げ、恐れおののき、祈りを唱えました。
その現象は、そこに居たすべての人が目撃したと言われます。

(*「聖母マリアからのメッセージ」菊谷泰明著 から引用させていただきました)

Fatima_090vaL.jpg

中央の聖堂は、まさにマリアさまご出現の場所です。
私たちが訪れた日、数十万人はいたと思われる広場。
マリアさまの奇跡現象が、今にも起こりそうな光景でした。

夜はロウソクを灯してミサに参加しました。
これだけの大群衆とともに祈り歌うことは、本当に素晴らしい体験です。
宗教や教義にかかわらず、全身全霊「祈り」のトランス状態に入る・・・
ひとりひとりの個体ではなく、一つの大きなエネルギーの渦
そのものになる感覚です。

Fatima_095vaL.jpg


巡礼の帰り道。
ロカ岬というユーラシア大陸最西端の地に立ち寄りました。

フィニステールL

遠い記憶を思い出させるような海でした。

フィニステール2L


リスボンの港に着くと、母はしきりに懐かしがります。
ここに住んでいたことなどないのに。

ポルトガル海2L
エンリケ航海王子の記念碑・発見のモニュメント

母の父親はヨーロッパ航路の客船航海士でした。
祖父は、フランスかポルトガルでキリスト教の洗礼を受けたと
ここリスボンに来て、初めて母から聞きました。
知らなかった!
母のDNAの中には、父親を通してヨーロッパの記憶があるのでしょう。
ヨーロッパにいる母は、いたって自然でした。
パンを食べるのも、祈る姿も。

ポルトガル海L
大航海時代、船を監視する要塞・ベレムの塔


どのくらいでしょう?
長い間、母を受け入れられない自分がいました。
幼児洗礼で母が信仰する宗教になっていることに疑問を抱いていました。
お祈りを強制されるのも、堅苦しいことも嫌いでした。
この巡礼でさえ、最初は母のお付き合いという気持ちでしたから。

ポルトガルL

でもリスボンで、なんとも自然な母の姿を見ると、
ああ、これは母が父親から譲り受けた血なのだ、と。
抗いがたいものなのだと。
圧倒されるような信仰心も、どうにも変えられない血から来ているのだ。


今にして思うと、
この時、初めて母のありのままの姿を受け入れられたような気がします。

そしてわたしは、ようやく
自分が譲り受けているものに抵抗するのをやめ、
「祈り」を通して見えない何かを、母から
少しずつ受け取り始めたようです。


ファティマのマリアろうそくT



             ~*~ Fin ~ chapter:2 fatima ~*~




ファチマお土産f
旅の思い出*祭典の時のキャンドルホルダーと大航海時代の船が描かれたタイル

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2012.08.21 | コメント(0) | トラックバック(0) | マリア巡礼

【01-1】ルルドの奇跡のマリア - prologue - Lourdes 

プロローグオビ左寄せ


今日、2012年8月15日から「祈りとアートの巡礼記」を書き始めました。

今日はお盆休みでご実家に帰省して過ごす方も多いでしょうね。
ご先祖様や先に旅立った家族、恩師、友人たちへ想いを馳せる一日です。

私の父が他界してから十数年経ち、もし父との別れを経験しなければ、
私はマリア巡礼に出ることはなかっただろう・・・。
そんなことを思い出しました。

そして今日は、破昇天のマリア様の祭日でもありますから、
巡礼記をスタートさせるのにふさわしい日!

いつか書こうと思いつつ、なかなか書けなかった巡礼記。
ようやく産声をあげました。

ルルドの聖母像

不思議な夢から旅は始まりました。
父から淡いコーラルピンクのバラの花束が、私の胸にドサッと届けられました。
その重みに驚いて、飛び起きたくらいリアルな夢でした。

数日後、また夢を見ました。
今度は、王冠をかぶり、ブルーの帯をしたマリア様の夢でした。
後で調べると、ルルドの聖母像であると分かりました。

また数日後、今度は夢ではなく、
なんと、ルルドへの巡礼ツアーがあることを知ったのです!

これは、もう行くしかないでしょう・・・。

そんな偶然が重なって、1996年5月、ルルドへ、
母と姉と私の3人で行くことを決めたのです。

巡礼の始まりは、フランスのルルドから。
そして、新しい人生の始まりも、ここルルドが起点となりました。



帯マリア巡礼

ルルド(Lourdes)はフランス南西部、ミディ・ピレネー地方の小さな町。
スペインとの国境、ピレネー山脈の麓にあります。
聖母マリアのご出現と、難病を治すといわれるルルドの泉で世界的に有名な巡礼地です。

飛行機でタルブ・ルルド空港に降り立ち、そこからバスで市内に入りました。


ルルド・聖域

ルルドはまるで天国。
夢のよう。
平和そのものでした。


L-0_076va.jpg

ピレネー山脈を背後に、ガブ川の清流に沿って
ルルドのサンクチュアリ(聖域)があります。


ルルド入口

ホテル街になっている地域から橋を渡り、ここから聖域に入ります。


ルルド・アントレ

しばらくすると、聖母マリアに捧げられたロザリオのバジリカ大聖堂が見えてきて、
仰ぎ見るように参道が続いていました。
Basilique バジリカとは、教皇により由緒ある教会に与えられる称号。
ローマ・ビザンチン様式で、とても優美な聖堂です。


ルルド・水飲み場2

ルルド・水飲み場1

毎年、世界中から500万人近くの巡礼者たちがルルドにやってきます。
車椅子で運ばれる人、信者や病人で、町は溢れかえっていました。
たいへんな人の多さにも関らず、町中に穏やかさや慈愛が感じられるのは、
やはり、この町が持つホスピタリティでしょう。
みんなの目的は Grotte グロット、マサビエルの洞窟です。


ルルド2_edited-1
出典:Guide du visiteur et du pelerin

1858年2月11日、洞窟前で薪を集めていた14才の少女ベルナデッタ・スビルーの前に
突然聖母が現れ、その後、18回にわたり洞窟に出現したと言われます。
聖母は、洞窟の下を指し「泉へ行って水を飲み、顔を洗いなさい」と言い、
ベルナデッタが手で掘ったところから泉が湧き出ました。
やがて、泉の湧水が病気を治すという奇跡が何件も起こったと伝えられています。


ルルド・洞窟

大聖堂を通り過ぎた裏手に、マサビエルの洞窟があります。

聖母がベルナデッタに告げたといわれる名前、
”Que soy era Immaculada councepciou”
ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・コンセプシウ
ルルド地方の方言で、「私は無原罪の宿りである」。

無原罪の御宿りのマリア像が、ご出現の岩間に鎮座していました。


ルルド洞窟前

洞窟の奥、キャンドルの灯の下に、泉があります。
この日は、洞窟前でミサが行われていて、一人ひとり順番に
奇跡の泉を拝観しました。


L-0_073va.jpg

聖母に捧げられた花束に囲まれて、泉がありました。
ガラスの覗き窓を通して、湧水が流れる様子を見ることができます。
本当に美しい祈りの場でした。


ルルド水飲み場

聖域の川沿いに蛇口が沢山あって、泉からの湧水を飲むことができます。
冷たくておいしかった!
聖域に入る前にお土産屋さんでポリ容器とガラス瓶を買い、
お水を汲んで日本に持ち帰りました。


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日が沈みかける頃、プロセッションと呼ばれるロウソク行列があり、
一人ひとり手にキャンドルを掲げ、世界中から集まった大勢の人たちと
Ave Ave Ave Maria!と歌いながら歩きました。
強烈な祈りのエネルギーと、足元の磁場と共鳴するような、
そのエネルギーの川が、空に立ち上っていくような・・。
ルルドの祈りは、永遠に続く川の流れのようでした。


ルルド教会前

ルルドを離れる最終日。
早朝の日が昇る前に、もう一度サンクチュアリを歩きました。
父を連れてきてあげたかった。
そんな声にならない声が、胸の奥で炸裂しました。


ルルド・ホテル前

母にとって、最愛の伴侶を亡くすということがどれだけ辛いことか。
姉は一人になった母を守るように、終始、母に付き添っていました。
私も姉も、本当はもっと泣きたかったのかも知れません。
けれど守るべき者の前では、人は強くなるものですね。


ルルド8

泊ったホテルは PARADIS.
2泊3日の短い滞在でしたが、ルルドは本当に天国のようなところでした。


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朝食を取り、ツアーのバスに乗り込みます。

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マリア像を買い求めたお店を通り過ぎ、

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ルルドで働く看護師さんと病院の前を通り、

L-0_080va.jpg

ルルド駅に到着。TGVに乗り、パリ・リヨン駅に向かいます。

L-0_081va.jpg

改札は車椅子が通れるように広く開かれ、ホームもフラットでした。
ユニバーサルデザインという概念が生まれる前から、
ずっとこの駅は病人のために開かれていたのですね。


ルルド・地図
出典:Guide du visiteur et du pelerin

地図でルルドの町を見ると、廻り込んだ川の内側に聖域があることがわかります。
氷河によって運搬され、うず高く積み上がった堆石が突然渓流をねじ曲げ、
この地形がつくられたそうです。
そんなダイナミックな地球のエネルギーで出来上がったルルドの地層とは
どんなものなのだろう。
この地層を縫って湧き出る水に治癒力はあるのか。


本

帰国して、父の書庫からこんな本が見つかり驚きました。
著者のアレクシー・カレル博士は、フランスの生理学者で外科医、
巡礼団の付き添い医師としてルルドに同行した際に目撃したことを
奇跡的治癒と科学的検証の間に立って記録した本でした。

医者でも宗教者でも信心深いわけでもない父がルルドに興味があったなんて、
母でさえ知らなかったことです。
ルルドへの旅は、天国の父からの贈物だったのかも知れません。


パリ・ルルド像

ルルド巡礼から日本に戻って一ヶ月後、
私は会社の派遣でパリに住むことになりました。
まるでフランスに呼び戻された気分でした。

パリのアパートの暖炉の上に、母が買ってくれたルルドのマリア像を置きました。

ある夜、また父の夢を見ました。
そして、初めて大声をあげて泣きました。
なんて私は父に愛されていたんだろう!
父がいなくなって、初めてそれに気づいたのです。

信じられないほどの悲しみが押し寄せてきました。
悲しみという感情表現を許したのは愛でした。

そうしてパリで暮らしながら、価値観と人生が少しずつ変わり始めました。
パリに暮らしていた間、ルルドに戻ることはありませんでしたが、
その後、次々とマリアの聖地へと導かれてゆきました。



    ~*~ Fin ~ chapter:1 Lourdes ~*~



Lourdos_scan2.jpg
ルルドの思い出。ロウソク行列の時のキャンドルホルダーと、ルルドの聖水。

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2012.08.15 | コメント(0) | マリア巡礼

【00-0】序章-プロローグ

プロローグオビ左寄せ


今日、2012年8月15日から「祈りとアートの巡礼記」を書き始めました。

今日はお盆休みでご実家に帰省して過ごす方も多いでしょうね。
ご先祖様や先に旅立った家族、恩師、友人たちへ想いを馳せる一日です。

私の父が他界してから十数年経ち、もし父との別れを経験しなければ、
私はマリア巡礼に出ることはなかっただろう・・・。
そんなことを思い出しました。

そして今日は、破昇天のマリア様の祭日でもありますから、
巡礼記をスタートさせるのにふさわしい日!

いつか書こうと思いつつ、なかなか書けなかった巡礼記。
ようやく産声をあげました。

ルルドの聖母像

不思議な夢から旅は始まりました。
父から淡いコーラルピンクのバラの花束が、私の胸にドサッと届けられました。
その重みに驚いて、飛び起きたくらいリアルな夢でした。

数日後、また夢を見ました。
今度は、王冠をかぶり、ブルーの帯をしたマリア様の夢でした。
後で調べると、ルルドの聖母像であると分かりました。

また数日後、今度は夢ではなく、
なんと、ルルドへの巡礼ツアーがあることを知ったのです!

これは、もう行くしかないでしょう・・・。

そんな偶然が重なって、1996年5月、ルルドへ、
母と姉と私の3人で行くことを決めたのです。

巡礼の始まりは、フランスのルルドから。
そして、新しい人生の始まりも、ここルルドが起点となりました。



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2012.08.15 | 序章-プロローグ

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Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

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