【10-5】シャルトル大聖堂 (4) -柱の聖母 -

【10-5】シャルトル大聖堂(5) - 柱の聖母 -


【10-4】シャルトル大聖堂(4) - 地下の聖母 -からの続き



シャルトル大聖堂は、独特の高揚感があります。
もちろん建築物として、芸術として、見るべきものは沢山ありますが、
キリスト教以前、ガリア時代から聖なる土地だったシャルトルには
 ”スピリットが息づいている” という感覚があります。
その感じがこの地を踏む人々の魂を高揚させるのだと思います。

シャルトルで過ごした一日の仕上げに、もう一度大聖堂へ戻り、
Notre-Dame du pilier ノートル ダム デュ ピリエ”柱の聖母”に会いに行きました。

”柱の聖母”には特別な礼拝堂が設けられていました。
天井から吊られているシャンデリアと、聖母に捧げるキャンドルで
礼拝堂は輝いていました。



柱の聖母3
Le18 Juillet 2010*La cathédrale de Chartres*Photos by RESONANCE



柱の聖母像は、その名の通り、柱の上に鎮座する形で祀られています。
1508年に梨の木で彫られたそうです。
(おそらく2019年現在は、時代の新しい像が設置されているかもしれません)

黒い御顔に金色の冠を被り、金糸で織られたマントをまとい、とても豪華。
王座に正面を向いて座り、膝には幼子、右手には王笏と梨の実を持っています。
慈愛に満ちた御顔には、威厳も感じられました。

おそらく、私たちが想像する聖母マリアのイメージとは異なるでしょう。

”柱の聖母”は、スペインで聖母のご出現の奇跡があったことに由来します。
西暦40年、伝道に困難を極めた使徒ヤコブの前に聖母が現れ、
そのお姿は、天使を伴い柱の上に立ち、ヤコブを励ましたそうです。

この奇跡は伝説の聖母とも言われます。
フランス南西部のルルドや、ポルトガルのファティマのように、
聖母のご出現の奇跡の中で、一番最初にキリスト教公認となった奇跡だそうです。



柱の聖母2



参列者の中には、とても綺麗な服装の(おそらく高い身分にあるような)
アフリカ(エジプト?)からの団体が熱心な祈りを捧げていました。

20人位が椅子に座って祈り、一人ひとり順番に、”柱の聖母”の前に行き、
聖母に感謝し、祈りの最初と最後に柱にキスをしていました。

わたしも、他の信者の方々と同じように、柱の聖母の前に進み出ました。
膝まづき、巡礼の旅の終わりの報告と感謝を捧げました。

黒いけれど美しい御顔を見上げたその時、


   「もう一度 南へ!」



という声が聞こえてきました!

わたしはすぐに、何のことかわかりました。
サント マリー ド ラ メールです!

今回のマリア巡礼で、行こうかどうしようか迷い、
旅程の都合で行けなかった地中海沿岸の町、
マグダラのマリアがフランスに漂着した町、
サント マリー ド ラ メールのことに違いありません!

「もう一度 行かなけれなならない 南へ!」

それは不思議な感覚でした。
しかし、何か確信のようなものもありました。



シャルトルキャンドル



シャルトルを出たのは、もう夕刻でした。
籠いっぱいに摘んだ麦の穂を、背中にしょった女性と行き交いました。
ボーズ平野には広大な麦畑が広がり、シャルトルは農業としても豊かな地域です。
ですから、麦の穂を見たからといって驚くこともないのですが、
どこか現代の女性とは思えない風貌で、とても不思議な感じでした。

それは、シャルトルの黒い聖母が見せてくれた、中世の幻だったのかもしれません。

シャルトルを最後に、2010年のマリア巡礼の旅が終わりました。


それから数年後、わたしたちはこの時の個人旅行の経験から
大きなグループでマグダラのマリアの聖地を旅しました。

その時一番最初に訪れたのは、サント マリー ド ラ メールでした。


      「もう一度南へ!」


”柱の聖母”との約束は果たされました。





 ~*~ Chapter10 Fin ~*~




テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

2019.06.17 | マリア巡礼

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Author:mariaikuko
青山マリアいく子の
「祈りとアートの巡礼記」にご訪問下さりありがとうございます。
導かれるような旅の不思議について書きたいと思いました。
旅で出会った出来事、美しいもの、心の目が見たものを綴っています。
皆さまの旅も、実り豊かなもので
ありますように。

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